部屋の隅に五線譜を抱えながら座って翔ちゃんがダンスの練習をしているのを見ていた。と言ってもふかふかのクッションの上に、膝にはブランケットをかけているのだから実際はとても良い身分である。

作曲が行き詰まったときは翔ちゃんとなるべく一緒にいるに限ると思っている。翔ちゃんがボイストレーニングをすると言えば五線譜を持ってついていき、ダンスの自主練をすると言えば五線譜を抱えて隅に座ってそれを見ている。特に私は翔ちゃんが踊る様子を見るのが好きだった。

翔ちゃんはダンスが得意だ。手足を思いっきり伸ばして、跳ぶところは思いっきり大きく跳ぶ。それに何よりも翔ちゃんのダンスからは他の誰よりも楽しさが伝わってくるから好きだ。ダンスが好きで、何度も何度も練習を重ねてきたことが分かるから見ていて心地が良い。指先まで自信で溢れている。

翔ちゃんにダンスを踊ってもらうイメージで曲を作ることもある。ダンスの振り付けなどは専門外だけれども、こういうテンポが翔ちゃんには踊りやすいんじゃないかとか、なんとなく翔ちゃんが踊っている様子を思い浮かべて作曲する。今日もそのつもりで見学しに来たのだけれども、すっかり翔ちゃんのダンスに見入ってしまった。するともうダンスを見るのに必死で作曲なんてする気分ではなくなってしまったから私は潔く諦めて五線譜と鉛筆を脇に置いた。

「どうした?」

踊っていた翔ちゃんがそれに気が付いて私の元に駆け寄ってくる。曲を作りに来たという私が五線譜を置いてしまったから気になったのだろう。余計なことをしなければよかったと思いながら「何でもないよ」と答える。それでも翔ちゃんは言葉通りに受け取らなかったようで眉根を寄せて納得いかなそうな顔をしている。

「寒くないか?俺は踊ってるから暑いけど、床に座ってると冷えるだろ」
「ブランケットもあるし大丈夫だよ」

翔ちゃんはこういうところがやさしい。私が勝手に見学したいと言ったのに、冷えるからと言ってわざわざ部屋からクッションとブランケットを持ってきてくれた。随分と女の子らしいかわいいものを持っているなぁと思ったがこれは那月くんが勝手に買ってきたものらしい。

「ならいいけど。何かあるならちゃんと言えよ?」

翔ちゃんは男らしくてとても頼りになる。翔ちゃんはよくそのサイズからかわいいと言われるけれども、本当はすごくかっこいい人だと思う。身長は確かに低めだけれども、胸板とかは厚い。三角座りをしているからその胸板が丁度目の前にあった。

「翔ちゃんって意外と筋肉あるよねぇ」

そう言って翔ちゃんの胸に手を当てる。Tシャツ越しにあたたかい筋肉の感触がした。丁度心臓の辺りだったので翔ちゃんの胸がドクンドクンと動くのも分かった。

「がっしりした体型っていうか、男らしい体してる」

翔ちゃんは身長はあまり高くないけれども、筋肉はしっかり付いている。踊るときも重心を低く取るから安定感がある。やっぱり翔ちゃんにはブレイク系のダンスがよく似合うと思う。翔ちゃん自身もそういうダンスは好きなようでよく踊っている。

「やっぱり男ならこれくらい筋肉ないとね」

この学園にはアイドルとして細身の男の子も多いけれど、私としてはこれくらい筋肉があった方が好みだ。翔ちゃんはされるがまま私にペタペタと胸筋を触られていたが、急に我に返ったかのように後ろに飛び退いた。

「そ、そんな褒めたって何もやらねーからな!」

離れて見た翔ちゃんの顔は赤かった。もしかして翔ちゃんは汗をかいて暑いのだろうか。自分のことばかりでなく、私もちゃんとパートナーのことを考えられるようにならなくてはと手元にあったタオルを差し出す。水はどこに置いたかなぁと辺りを見回していると翔ちゃんはタオルで頭をガシガシと拭いていた。Tシャツから伸びる腕にもしっかりと筋肉が付いている。やっぱり次の曲は翔ちゃんに踊ってもらうことを念頭に置いて作ろう。

「翔ちゃんは腕の筋肉もかっこいいなぁ」

そう言って腕にも触れようと手を伸ばすと、「お前もう喋んな!」とタオルを被せられてしまった。「このタオル翔ちゃんのにおいがする」と言うと「いいから黙ってろ!」と頭をぐいぐいと押される。やっぱり翔ちゃんは力が強い。


2011.10.03