コツコツと後ろから足音がついてくる。私が止まるとその足音も止まる。私が歩き出すとその足音も再び歩き出す。もしこれが夜中の校舎での出来事だったら十分怪談になる。

「どうしてついてくるんですか」

そう言って足を止めて振り向くと後ろからついてきていた神宮寺さんもぴたりと止まる。まるでだるまさんがころんだをして遊んでいるようだった。

「私これから曲を考えるんですけど」
「オレと一緒にいたら曲のアイデアが浮かぶかもしれないよ」
「私が作るのは神宮寺さんの曲じゃありませんけど」

私のパートナーは神宮寺さんではない。そもそも男ですらない。この学園では珍しいアイドル志望の女の子だ。男性ならともかく、女の子のパートナーでは神宮寺さんのイメージでは合いそうもない。しかも彼女はセクシー系というよりはかわいい系の女の子だ。神宮寺さんレベルのセクシーさで作曲してしまったら彼女には背伸びしすぎな曲になってしまう。

「そうとも限らないさ。例えばそう、オレみたいな男に恋する曲とかどうだい?」
「嫌です」

神宮寺さんみたいな男に恋する曲なんて書いてどうするんだ。それを歌うのは私ではなくパートナーだ。彼女にそんな曲を歌ってほしくはない。ジリジリと心臓が焦げるような感覚がした。

そんな思いを振り払うように私はどかっと木の根元に座る。木陰の下は涼しい風が通って集中するのに打って付けの場所だった。少し離れたところには羊がいて牧歌的だ。さすが早乙女学園である。ここでなら曲のインスピレーションを得ることが出来そうだ。しかし座るのに勢いをつけすぎたせいでおしりが少し痛むのだけがこの場にそぐわなかった。

そんな私を余所に神宮寺さんは何やらとても楽しそうだ。こういう広い場所が好きなのか、羊が動物の中で一番かわいいと信じているのか知らないが、上機嫌である。私についてきたなんてのは口からでまかせで、ただ目的地が一緒だっただけなんじゃないかと思えるほどだった。

「君もこっちへ来ないかい?羊、かわいいよ」
「行きません。大体神宮寺さんはひとりの女の子を特別扱いしないんじゃないですか」
「大丈夫、ここなら誰も見ていないから」
「そういう問題じゃあないです」

取り付く島もない私の様子に神宮寺さんは軽く苦笑してみせてからやっと私に背を向けた。神宮寺さんはきっとひとりになりたくてここに来たのだろう。そのくせひとりだと寂しくなってしまうのだから大変だなぁと思う。きっと話しかければ答えてくれる私みたいな人物が丁度良かったのだろう。彼は私から話しかけられることは求めていないだろうから、彼が背を向けた以上私は安心して作曲に専念出来る。

パートナーの明るく伸びやかな歌声を活かせるような曲を作りたくてわざわざここへ来たというのに先程から神宮寺さんの姿がちらちら見えるし、まだこちらに話しかけているのか声も聞こえてきてなかなか集中できない。うっかりすると頭の中が彼でいっぱいになってしまいそうで私は頭を振ってそれを追い出した。

「おいで子羊ちゃん」
「行きませんよ。私は作曲に忙しいんです」
「えっ?」

声を掛けられたようだから顔を上げずに返事だけすると彼の驚いたような声が聞こえて私は慌てて顔を上げた。神宮寺さんはちょっと離れたところで羊の頭を撫でながら首だけでこちらを振り返っていた。

「えっ、あ…」

顔が急に熱くなるのが分かった。勘違いだった!子羊ちゃんと言うからてっきり自分が呼ばれたのだと思ったが、彼は本物の羊に話しかけていたのだ。子羊ちゃんだなんて紛らわしい。いつもその名称で女の子たちを呼ぶくせに、本物の羊にも同じように声を掛けるのか。いや、それが問題ではない。子羊ちゃんと呼ばれて返事をするなんて自分はどれだけ自意識過剰なのだ。

「おいで、オレの子羊ちゃん」

そう言って神宮寺さんがにっこり笑って私に手を差し伸べる。私をからかってとても楽しそうだった。

「今日は課題はやめにしてオレへ宛てた曲を書かないかい?」

神宮寺さんが羊を一頭一頭撫でながらこちらへ近づいてくる。私は顔を見られたくなくてメモのために持ってきたノートを抱えて小さくなった。ちょっとずつ気配が近づいてきてついに影が私にかかる。一緒にいると自意識過剰になってしまうし、ジリジリと心臓が焦げるような気がするし、作曲をしようと思ってもすぐに別のことで頭がいっぱいになってしまう。これだから嫌なのだ、神宮寺レンと一緒にいるのは!

2011.10.18