レコーディングルームが予約制で事前にきちんと確保出来るのはありがたい。環境も揃っているからここで作曲するのが一番効率が良い。邪魔も入らないから集中出来る。けれどもここの一番の難点は時間が区切られていることだ。予約している時間中は邪魔が入らないが、せっかく作業が集中して出来るようになってきたところで部屋を明け渡す時間がきてしまう。ルールだから仕方ないことなのだが、今日も丁度のってきたところで次の人が来てしまい、私の集中力はぷっつり切れてしまった。部屋に帰って続きをやる気分でもなくなってしまって私はふらふらと裏庭にやってきた。

もう何もかもすっかり嫌になってしまってベンチの上で両手足を投げ出す。このまま昼寝でもしまおうか。部屋に帰ったらきっと布団に入って夕飯まで眠りこけてしまうだろう。なんとなくそれはもったいないような気がして、私は上を向いてのけぞったまま「あー」と無意味な声を出した。やりたいこともないのでふんふんと鼻歌で先程作ったばかりの曲を歌ってみる。サビのメロディはここ最近で一番の出来だと思う。

「それ新曲?」

何かが真上に影を作って声が発したので私は「うわあ」と声を上げて体を起こした。

「一十木くん!」
「聞いたことない曲だけど、それ今日作ったの?」
「あ、うん、まだ途中だけどさっきまで作ってて」

驚いて思わず距離を取る私に対してクラスメイトの一十木くんはにこにことした表情を変えずに訪ねてきた。まさか一十木くんにそんな風に声を掛けられるなんて思わなかったので、心臓がバクバクと打っている。途切れ途切れに私が答えている間に一十木くんはベンチの正面に回る。

「歌ってみてよ」
「え、私が歌うより一十木くんが歌った方がいいんじゃない?譜面ならここに書きつけて……」
「えー、俺譜読み苦手で時間かかるからが歌った方が早いって。ね!」

せっかく取り出した譜面も押し戻されてしまう。彼に手を握られてお願いされたら逆らえるわけがなかった。触れている手がどんどん熱くなって、心臓もさらにうるさくなっていく。

「分かった。歌うから……」

私が仕方なく承諾すると一十木くんは「わーいやったー!」と言って私の隣に腰掛けた。そのときに手も離れたので私はやっと息が付けると安堵したのだが、横を見るとすぐ近くに一十木くんの顔があって私はまた慌てて前を向いた。

前を向いても一十木くんの視線が私の横顔にそそがれているのが分かって私はさっさと歌いきってしまおうと、さっき出来上がったばかりのメロディを歌ってみせた。しかしまだ細かい修正もしていないメロディはまだまだ荒削りな部分が目立って、さらに声が緊張でかなり震えてしまっていた。

それでもなんとか歌い終える。しかしプロを目指している人からしたらあまりにもお粗末な歌で聞くに堪えなかったのではないかと思いながら、おそるおそる横を見ると一十木くんはにこっと微笑んでパチパチと手を叩いた。

「いい曲だね!俺の歌声好きだよ」
「お粗末さまです……」
「いいなー、は。高い声も出るしさ」
「そりゃあ一応女だから男の一十木くんよりは高い声出るけど」

アイドル志望の子のようにボイストレーニングをしたわけでもないし、私の音域が特別広いわけではない。何の訓練もしていない私が歌うのでは音を追うだけで強弱も上手く付けられないしイメージ通りにならない。絶対に一十木くんが歌った方が上手いのに、彼はこうして自然に他人の良いところを見つけ出して褒めてくれる。

「もっとの歌聞きたいな」

彼は私が楽譜を入れているファイルに手を伸ばす。そのファイルは作りかけの曲だとか趣味で作った曲だとかが入っているものなのでペアでない人に見られても支障がない。私の曲が好きだと言ってくれる一十木くんになら見せても構わないかなと思ったのだ。彼は譜面をひとつひとつ手に取って見比べていく。見ても構わないものしか入っていないのだが、中には歌詞を書きつけてるものもあるので読まれるのは少し恥ずかしかった。

「これとか!」

そう言って彼は一枚の楽譜を私に差し出した。その譜面をちらりと見て私は眉を寄せた。

「それは……」

見られて困るものは入っていないと言ったがそれはあくまでペアと作り上げる課題の話だ。その中でひとつだけ見られたくないものがあった。それがこの曲だった。

私がペアを組んでいるのは男の子だ。私自身も男性アイドルの曲を書きたいと思ってこの学園に入学したから不満はない。しかしたまに女性ボーカル用のキーで曲を作りたくなるときもある。そのときは誰のためでもなく曲を作る。それに女の子目線の歌詞を付けた。しかもこの際だからと恋の歌にしてしまった。あまりにも趣味に走った曲で誰にも見せるつもりもないものだった。

「女の子が好きな人に宛てた歌でしょ?の声で聞きたい」

ぎくりと体が強張った。彼はちらりと歌詞を見ただけでそこまで分かって言っているのだろうか。これでは彼は私の気持ちを全部知っているんじゃないかとすら思う。私がこの曲を一十木くんを思って書いたことを知っていてこんなことを言っているのではないかと勘ぐってしまう。そんなことはありえないと分かってはいる。歌詞からは個人を特定できるような部分はないし、普段の行動も上手くやっているのでばれていないはずだ。大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせて精一杯冷静な声を出す。

「そうだね、これは一応女性用に作ったしね」
「その中でもの声がいいよ!かわいいしさ」
「あー、ありがとう」
「その顔本気にしてないでしょ!」

そう言って一十木くんは頬を膨らませてみせた。彼がこうしてお世辞を言ってくれるのは嬉しい。一十木くんは素直だからあまりお世辞という感じがしなくて照れる。上手く返したと思ったのにまた一十木くんは勘違いしそうなことを言う。

「本当だよ!本当にの声はかわいいって」
「うんうん、だからありがとう?」
「本当の本当にをかわいいって思ってるんだよ?ちゃんと分かってる?」

こうしてお世辞を言われることがあまりないので上手く返すことが出来ない。何か言えば言うほど一十木くんの機嫌を損ねている気がする。

「一十木くんごめんね。本当に嬉しいと思ってるよ」
「そうじゃなくて!」

一十木くんは私の言葉を区切ると、こちらに向き直って再び私の手を握った。今度は両手で、包み込むように。

「もうちょっと照れたりとかそういう反応してほしかったっていうか……」

そう言うと一十木くんはすぐに顔を手で覆ってしまった。その指の隙間から「好きだから」と小さな声が聞こえた。ギリギリ聞こえるくらいの彼らしくない小さな声に気付いた瞬間、ぶわわと熱が一気に上がったような気がした。私も思わず彼と同じように両手で顔を覆う。ふたり並んで顔を手で覆っている姿は傍から見たらきっとシュールだろう。けれども手を外すことは出来なかった。今の私の頬は彼の望んだ通り真っ赤になっているだろうから。

2011.12.17