物事は大抵一十木くんから始まる。

!お菓子パーティーしよう!」

バンと両手を私の机について一十木くんは言った。その机を叩く音と明るい声に驚きつつも顔を上げるとキラキラと目を輝かせる一十木くんと目が合う。こういう目をしている彼からは逃れられない。

「え、なんだって?」
「皆でお菓子を持ち寄ってパーティーしようよ!今日の夜、暇?」
「また随分と急だね?」
「思い立ったが吉日ってね」

そう言って特上の笑顔を私に向ける彼には一切裏がない。きっと本当に理由もなく唐突にお菓子パーティーを思いついたから誘っているだけなのだろう。しかし何故お菓子パーティーなのか。何故そんなことを今思いついたのか。

「私はいいけど…。ふたりでパーティーするの?」
「そっかぁ、ふたりじゃパーティーって言わないよね」

ふたりでもパーティーと言うのかもしれないが、一十木くんはあっさりと考えこんでしまう。一十木くんの想像するお菓子パーティーとはどのようなものか知らないが、ふたりでは盛り上がりに欠けるらしい。

「じゃあマサと那月も誘おう!」

まるで一足す一の答えを見つけたように簡単に言う。確かに聖川くんと四ノ宮くんは一十木くんと私の共通の友人だ。パーティーに誘うには適した人物ではある。しかしそう簡単に彼らは乗ってきてくれるだろうか。今日の夜というのも急な話だし、予定が空いていない可能性の方が高いのではないか。

「那月ー!マサー!今夜お菓子パーティーしようぜ!」

私が思っていることを伝える前に一十木くんは善は急げと言わんばかりにさっさとふたりに声を掛けてしまう。ぶんぶんと彼らに向かって手を振るのと同時に私の手を掴んで立ち上がってふたりの方へ移動する。私は一十木くんに手首を掴まれたまま、半分ずるずると引きずられるような形で連れて行かれる。

聖川くんと四ノ宮くんはそれぞれ席について本や雑誌を読んで過ごしていたのだが、一十木くんの声で顔を上げた。先に四ノ宮くんが花を咲かすような笑顔で手を叩いて立ち上がる。

「お菓子パーティーですか?わあ、素敵です!」
「でしょー?」

そう言って一十木くんと四ノ宮くんが盛り上がる。このふたりがはしゃいでいると会話の内容がまるで女の子みたいだ。そのせいかこのふたりとは喋りやすい。四ノ宮くんが一十木くんの案に賛成することは簡単に予想できた。四ノ宮くんは甘いものが好きで自分でも自称お菓子作りをするらしいから反対するはずがなかった。しかしもうひとりは違う。そのように浮かれていてはならんとかそんなくだらないことをしていないで練習しろと言われるかもしれない。そう思ってちらと聖川くんの方を見ると彼はゆっくりと目を閉じた。

「たまにはこうして交流するのも良いだろう」

意外にも賛同の言葉が出てきて驚いた。私は思わず「えっ」と声を漏らしてしまったが、一十木くんの方は彼のこの回答を予想していたかのように「そうこなくっちゃ!」と普通に喜んでいた。

「聖川くんはこういうの却下するかと思ってた」
「夜と言っても始めるのは六時頃だろう。あまり遅くならなければ良いのではないか」

彼も友人との交流は大切にするらしい。聖川くんは暴走しがちな一十木くんと四ノ宮くんのストッパー役で堅い考えの持ち主という印象が強いがよく考えれば今までも決してノリが悪いわけではないのだ。

「楽しみだなぁ。もっと前々から分かっていれば手作りのお菓子を用意したんですが、今から準備して間に合うかなぁ」
「四ノ宮くん無理しなくていいから!」

四ノ宮くんのあの異臭を放つ手作り料理を思い出して私は慌てて止めに入る。四ノ宮くんの手作り料理を持ち込まれてはお菓子パーティーどころではなくなってしまう。

「四ノ宮、今日はレコーディングルームの予約を取ったと言っていなかったか」
「ああ、そうでした。放課後は練習しなくちゃですね」
「今回は全員が市販のお菓子持ち寄りってことにしようよ!」

さすが一十木くんと聖川くんだ。四ノ宮くんの扱いには慣れているらしい。さりげなく計画まで立てる一十木くんは何気に仕切るのが上手だ。お菓子はひとりいくらまでで、飲み物は誰が何を持ち寄るかまで割り振っている。こういうときの一十木くんは頼れるなぁと思いながら見ていると不意に彼がこちらを振り返る。目が合った瞬間にタイミングよく笑顔を見せるものだから私の心臓は意味もなくドキリと跳ね上がる。さすがアイドルだ。こういう笑顔の魅せ方講座みたいな授業もあるのだろうか。もしあったとしたら一十木くんは百点も取れてしまうだろうと思った。

はコーラ持ってきてね」

振ったらダメだから責任重大だよと言って私にびしっと人差し指をつきつける。私もつられてかしこまった顔で頷くと一十木くんは満足そうに「よし!」と言う。

「あとは場所だねー。どこがいいかなぁ」

そう言って音也くんが首を傾けるのとほぼ同時に教室のドアが勢いよく開いた。音につられて私が振り向くのと「音也ー!」とドアを開けた人物が呼ぶのとほぼ同時だった。

「音也ー、今日も昼休みサッカー…」
「翔だ!」

ドアの影からひょっこり顔を見せた来栖くんを見て一十木くんが嬉しそうな声を上げる。一十木くんと来栖くんはよく昼休みに一緒にサッカーをやる仲だ。そのことで来栖くんはAクラスにやってきたのだろう。しかし一十木くんはその来栖くんの声を遮って彼の元まで行くと来栖くんの手を取ってずるずると彼を私たちのところまで引きずってきた。

「そうだ、那月と翔の部屋でやろうよ。翔もお菓子パーティー参加するだろ?」
「え?え?一体何の話だ?」

事体が飲み込めず大きな目をぱちくりさせる来栖くんに私はただ微笑みを向けることしか出来なかった。

「音也くんと真斗くんとお菓子パーティーしようって話をしてたんですよ。僕たちの部屋でやれば翔ちゃんも一緒に参加出来るからいいですね」
「あ、それだったらトキヤも誘いたい!」

四ノ宮くんが来栖くんに事のあらましを説明しているとその横で一十木くんが勢いよく手を上げて提案する。トキヤというのは一十木くんの寮の同室である一ノ瀬くんのことだろう。どんどん参加人数が増えていく。現時点で参加人数は六人だがスペースは大丈夫だろうかと心配になったが、この早乙女学園の寮部屋は広く、床に座ってパーティーをするのならば六人くらいは余裕で入ってしまうだろう。この分だと最終的には部屋のキャパシティぎりぎりまで参加人数が増えるのではないかと私は苦笑した。一十木くんは人懐っこい性格から友達も多いからあっという間に増えてしまいそうだ。

「トキヤどこにいるかなぁ」
「さっき俺がここ来る前は教室にいたけど」
「じゃあ翔たちのクラス行こう!」

そう言うや否や、一十木くんは片方の手で来栖くんの背中を押し、もう片方の手で私の手首を掴んでドアの方へ向かった。突然手を掴まれて私は混乱する。Sクラスに行くのに来栖くんと一緒に行くのは分かるが何故私も一緒?

も一緒に行こう。俺らだけじゃトキヤ倒せないかもしれないし」

倒すというのがよく分からないが私がいた方が都合がいいらしい。一十木くんに頼りにされるのは嬉しいことだ。こんなことで私の胸の奥はほっこりとあたたかくなる。一十木くんは持ち前のエネルギーでなんでも出来てしまいそうだからそういう人に頼られるのはなんだか自分がすごい人物になれたようで気持ちがいい。

すぐ隣のSクラスに着くと一十木くんは来栖くんがそうしたように教室のドアを勢いよく開けて「トキヤー!」と大きな明るい声を出した。私は一ノ瀬くんはどこに座っているのだろうときょろきょろ見回したがなかなか見つからない。そうしている間に再び一十木くんに手を引っ張られて机の間を縫うようにして歩く。

「トキヤ!トキヤってば!」
「そんなに大きな声を出さなくても聞こえていますよ」

一ノ瀬くんは読んでいた本から視線を上げずに言う。さすが同室だけあって一十木くんの扱いにはなれているらしい。

「トキヤもお菓子パーティー参加ね!」
「お断りします」

一十木くんの言葉からほとんど間を空けることなくぴしゃりと一ノ瀬くんが言う。取り付く島もないとはこういうことを言うのだろう。

「そんなこと言わずにさ。六時に那月と翔の部屋に集合ね」
「行きませんよ。そもそもそんな時間にお菓子など高カロリーなものを食べようとするなんて信じられませんね」
「えー、たまにはいいじゃん!」

そう言って一十木くんは一ノ瀬くんの肩を掴んで揺らす。それでも一ノ瀬くんは本から視線を上げようとしない。やっぱり慣れている。一十木くんもこれでは説得するにも時間がかかると踏んだのか一旦手を話してぷぅと頬を膨らませた。

も何か言ってやってよー」

急にこちらへ振られても困る。一十木くんの同室ということで一十木くんと一緒にお喋りすることはあるけれども、私は一ノ瀬くんの扱いに長けているわけではないのだ。一ノ瀬くんになら正論を言えば納得はしてくれるだろうけれど、それ以上の正論で返されてしまいそうだ。

「こういうのはお菓子を食べることよりも皆でわいわい楽しく過ごすことに意味があるんじゃないかな」

とりあえず無難なところから攻めていく。多分皆で集まれば食べることよりも喋ることの方が優先されるだろう。私だって夕飯前にお菓子を沢山食べるわけにはいかない。とは言え、おそらく一十木くんが用意するであろう大量のお菓子の誘惑にどれほど堪えられるかは分からないが。一ノ瀬くんの目の前にお菓子を置いて我慢させるというのは少々酷だ。

「どうしてもカロリーが気になるのであれば低カロリーのお菓子を用意するよ。私がゼリーとか作ってきてもいいし」

私がそう言うと一ノ瀬くんよりも隣の一十木くんと来栖くんが「マジで?!」と反応した。目をきらきらと輝かせている。ふたりはよっぽどゼリーが好きらしい。翔くんまで「トキヤも来いよ」としきりに誘っている。

さんにそこまで言われては仕方ありませんね」

一ノ瀬くんはそう言ってふぅと溜め息をひとつ吐くとそこでやっと視線を上げた。あまりにもしつこく言って困らせてしまったかなと心配していたのだが、その目は案外やさしいものだった。

「やったぁ!さっすが!」
「わあ!」

後ろから一十木くんが抱きついて私の頭をわしゃわしゃと撫でる。一ノ瀬くんが来てくれるのが嬉しすぎて多分今自分が何をしているのか分かっていないのだろう。犬のように頭を撫でられて髪の毛がぼさぼさになってしまったけれど、一十木くんにやられるのであれば不思議と嫌な気持ちはしなかった。

「なんだいイッキ、随分と楽しそうな話をしているじゃないか」

私の上に乗っている一十木くんのさらに上から声が聞こえてきた。一十木くん越しにその人物を見ると彼はあの有名な神宮寺レンだった。私は神宮寺さんのことをよく知らないが、一十木くんは仲が良いらしい。一十木くんの頭の上に肘を乗せてにこにこと笑っている。

「オレも混ぜてほしいな」
「いいよ!レンはお菓子いっぱい持ってきてね」

一十木くんは私ごと神宮寺さんの腕の下から抜け出すと快く神宮寺さんを迎えた。やっぱりまた人数が増えた。こういうのは人数が多い方が楽しいからいいのだろう。人数が増えるほど持ち寄るお菓子のバリエーションも増える。

「じゃあ皆六時にそれぞれお菓子を持ち寄って那月と翔の部屋に集合だからね!遅れたら罰ゲーム!」
「そんなこと言っていいのかい?イッキが一番遅刻しそうだけど」
「トキヤに連れてってもらうから大丈夫!」

そう言って一十木くんは胸を張るが、一ノ瀬くんは呆れ顔をしている。このふたりはいつもこうなのだろうなぁと思うと微笑ましい。

「そう言うレンこそ遅刻しそうだけどな」
「レディの手作りお菓子が食べれるっていうのに遅刻するわけないだろう?」

翔くんが神宮寺さんをからかったが軽く躱されている。なんとなく神宮寺さんは大人のイメージだ。確か四ノ宮くんと同じ年だと聞いたけれど、とてもそうは見えない。

私が神宮寺さんを観察していると彼は私の視線に気付いてにっこりと微笑みかけた。私の方へ手を伸ばすその仕草も優雅だなぁとぼんやりしていると再び後ろからぎゅっと頭を抱え込まれた。一十木くんだ。

「そろそろ授業始まるし俺たちは教室に帰るよ」

一十木くんはそう言ってまた私の手首を掴むと来るときと同じように私の手を引いて机の間を進み、Sクラスを後にした。

さっきの声がいつもの一十木くんより固かったような気がしたけれども、彼に手を引かれて後ろをついて歩いている状態では表情が見えない。

「一十木くん」

名前を呼ぶと振り返ってくれる。いつもと同じように笑いかけてくれるけれど、やっぱり少し偽者っぽい。一十木くんは思っていることが顔に出やすいタイプだ。

「お菓子パーティー楽しみだね」

そう言って彼はくるりと私の背後に回ると私の両肩に手を置いて、前に押す。一列になって廊下を進む私たちはまるでふたりで電車ごっこをしているようだった。普段だったならこういうのを楽しいなぁと思えるのだけれど、今は一十木くんの表情が見えないのが不満だった。

「どうして急にお菓子パーティーやろうだなんて言い出したの?」

首を回して後ろを見ると思った以上に一十木くんとの距離が近くてびっくりした。肩に彼の両手が置かれているのだから距離が近くて当たり前だ。

最近いっぱい曲作って疲れてたでしょ。その息抜き!」

それよりも部屋でゆっくり休む方が良かった?と一十木くんが私を覗き込む。その瞳は私を労るものだった。確かにここ数日曲を作るために空いている時間はほとんどレコーディングルームか自室に引き篭っていた。それを一十木くんは知っていたらしい。すべて私のために計画してくれたことだったのだ!そのことだけで元気が出てくるような気がした。

「ありがとう」

そう言うと一十木くんは「その言葉聞けただけで企画した甲斐があったよ」と言ってくれる。彼は本当にやさしくて、いつもクラスではしゃいでいる割りには面倒見のいい人なのだ。私が感謝の気持ちを込めて微笑みかけると彼も満面の笑顔を返してくれる。

「今日はいっぱい食べていっぱい盛り上がろー!」

そう言って拳を上げる一十木くんにつられて私も「おー!」と手を上げた。


2011.10.21