「へぇ、女の子ってこういうのが好きなんだねー」

突然すぐ横から一十木くんの声がした。なっちゃんとふたりで女の子向けの雑誌に載っている洋服や小物を見ながら『かわいいねー』と話していると横からひょっこりと一十木くんが顔を出して会話に入ってきたのだ。まさか一十木くんの顔が横から出てくるなんて思わなかったから私は驚いてひゅっと息を飲んでしまった。

「これなんかは今女の子に人気あるんですよー。かわいいでしょう?」
「へー。本当だ、かわいい」

私は雑誌をめくるなっちゃんと一十木くんを見ていた。私はなっちゃんとよくこうして一緒に雑誌を見る。一緒にというよりなっちゃんが買った雑誌を私がただで読ませてもらっている。なっちゃんはかわいいもの好きだからこういう雑誌を見るのが大好きで、私も女の子なのでこういうのに興味はある。けれどもそれに一十木くんが入ってくるのは初めてのことでなんだか違和感があった。

もこういうの好きなの?」

そう言って一十木くんが雑誌を指さして聞いてきたけれども正直それどころじゃなかった。私は必死で頭を働かせて考えた。一十木くんは今まで私たちが雑誌を読んでても『好きだねー』ぐらいしか言わず、中身には全く興味を示さなかったのに。『俺にはこういう女の子の流行りは分かんないや』とも言っていたはずだ。それなのにどうして今日は会話に加わってきたのか。たまたま、気分だと言ってしまえばそれまでだけれども。

「一十木くんって恋してるの?」
「え?」

私がそう言うと一十木くんは目をまあるくして私を見た。その表情を見て私は確認した。なっちゃんが「おお!」と感心するような声をあげてパチパチと手を叩いたから確信した。どうやら私は珍しく冴えていて、とても重要なことに気付いてしまったようだ。

「気付いちゃった!一十木くんって好きな子いるんでしょ!それでその子にプレゼントしたくて私にアドバイスを求めようと」
声大きいよ!」

そう言って一十木くんはまだ喋っている途中だった私の口を塞いだ。「ごめん」ともごもごと言ったがそれでも一十木くんはまだ私の口元から手を離さなかったので、この状況の原因を作ったなっちゃんの方に「どうなの?」という視線を送ったが彼は何を勘違いしたのか「ふたりは仲いいですねぇ」とにこにこ笑っていた。そうじゃない!

仕方がないので自力で一十木くんの手首を掴んで無理矢理口を押さえられている手をはがした。

「一十木くんにそういう相手がいるなんて意外だなぁ」
「む、意外ってなんだよぅ」

そう一十木くんは口をとがらせた。一十木くんはやさしい。誰にでもやさしくて、明るくて、爽やかで、ムードメーカーだし、人の気持ちもよく汲み取るのが上手い。とにかく彼のよいところを挙げ始めたらきりがないくらいだ。だから、私はそんな人の恋愛が成就しないはずがないと思っている。

「で、それって誰なの?このクラスの子?」
「言わない」
「でもなっちゃんは知ってるんでしょ」
「絶対に言わない」

一十木くんにしては珍しく強気な態度だ。聞いたら照れながらもすぐに教えてもらえると思っていた私はこの一十木くんの態度に少し驚いた。けれどもそれくらいでへこたれる私ではない。「なっちゃん!」と横に立っていた彼に助けを求めるとなっちゃんは「僕の口からはちょっと言えませんね」と困ったように笑った。確かに他の人に聞くのはずるかったかもしれない。

「つまんないのー」

もし好きな人が分かれば協力出来たかもしれないのに。今度は私が口をとがらせる番だった。

「でも校則で恋愛禁止だしね。こういうのってあんまり喋らない方がいいよね」
「別にのこと信用してないわけじゃないよ!」

私が少し寂しく思っていたことに気付いたのだろうか、一十木くんが力を込めて言う。こういう恋愛事はこの学校では特にデリケートな問題だ。いくら友達だとしてもあまり言わない方がいいに決まってる。なっちゃんはクラスの中でも一十木くんと仲がいいから何かの拍子で知ってしまったのだろう。それを少し羨ましいなとは思うけれども、教えてくれない一十木くんのことを恨む気持ちにはならない。私だってもし好きな人が出来てしまったらあまり広めたいとは思わないだろう。ただ一十木くんの力になれないことは少しさびしかった。

「卒業!卒業したら絶対に言うから!」

なぜか一十木くんは私の両手を握って言う。そこまで必死に言うことだろうか。素敵なところをいっぱい持っている一十木くんの恋愛が成就しないわけがない。そのころにはもう一十木くんと彼女は両思いになっているんじゃないかと思ったけれど、私は勢いに負けてコクコクと首を縦に振った。

「それまで待っててね」

そう言って目を細めた一十木くんの顔は今まで見たどの表情よりもやわらかくて、私は目が離せなくなってしまった。

2011.07.28