那月くんと翔ちゃんがケンカしたらしい。しかも怒っているのは翔ちゃんではなく那月くんの方だというから私は聞いて仰天した。いつも翔ちゃんが怒ることはあっても那月くんが怒ってケンカするなんてことないのに。むしろあの那月くんでも怒ったりするのかと私はそこから驚きだった。もっとも彼の怒った顔は分かりやすく頬を膨らませていて、私には大変かわいく映ったのだけれど。

「テレビを買いに行きましょう」と那月くんは頬を膨らませたまま言った。

訳が分からないまま私は手を引かれて街まで連れ出されていた。相当不機嫌なのか那月くんはどんどん歩いて行ってしまうので私はほとんどずっと小走りでついていった。那月くんとは歩幅が随分違うのでついていくのに精一杯だ。いつも私と並んで歩く那月くんは私に気を遣って歩幅を合わせてくれていたことに今さら気付いた。

しかし道を歩いているうちに冷静になってきたのかちょっとずつ那月くんの歩みがゆっくりになったので私はその隙に彼の隣に並んだ。多分那月くんはテレビの売っている家電量販店の場所を知らないで適当に歩いていただろうからさり気なく手を引いて誘導してあげなければならない。

「急にどうしたの?」
「僕は今週のお話を特別楽しみにしていたんです」

詳しく聞くと那月くんはかわいらしい絵柄がお気に入りの子ども向けアニメを見たかったのに翔ちゃんがドラマを見ていてチャンネルを譲ってくれなかったらしい。大抵は翔ちゃんが見たい番組は録画なりなんなりして那月くんに譲ってくれるのだが、そのときはたまたまドラマのスペシャルですっかり夢中になって那月くんの言葉が聞こえていなかったらしい。おかげで那月くんはそのアニメを見ることが出来なかった。

そう那月くんは歩きながらぷりぷりと怒ってみせたが、家電量販店に着くとさっきまで不機嫌だったのを忘れたかのようにキラキラと目を輝かせていた。

「わぁ、テレビだけでこんなに沢山あるんですね」

そう言ってすでにちょろちょろと見てまわる那月くんから目を離しちゃいけないなと思った。しかし見渡す限り電化製品が並べられている光景には量販店くらいでしか見れないのでテンションが上がってしまう気持ちはちょっと分かる。

「あ、これなんてどう?」

そう言って私は手頃な大きさのテレビを指差す。那月くんがお金をどれほど持ってきているのか知らないが、あまり良いテレビは買えないだろう。というかどうせそれほど使わないだろうからそんな良いものを買う必要がない。出来るだけ安いテレビで十分だ。

「小さくてかわいいテレビさんですね!」

言うほど小さくはないと思うのだが、まぁ彼らの部屋にあるものよりは小さい。早乙女学園はどこもかしこも豪華で寮の部屋にあるテレビも普通に大きくて私が入学したときは驚いたものだ。いくら学園内で豪華な備品に囲まれているからといってこれを簡単に小さいと言ってしまう那月くんはやっぱり大物だ。

「あれ?こっちにはさっきのよりおすすめって書いてありますよー?」

そう言って那月くんが隣にある一回り大きなテレビを指差す。確かにテレビの上部にあるポップには『こちらがオススメ!』と書かれている。

「こっちの方がいいんでしょうか?」

そう言って那月くんが首を傾ける。確かに大きな画面の方が迫力もあっていいだろう。しかし那月くんが見るようなアニメに迫力が必要かというと必要ないだろう。

「あ、でもこっちにはこのテレビの方がいいって。あ、さらにこっちの方が…」

私が止める間もなくそう言ってポップを辿っていくなっちゃんはどんどん大きなテレビの方に行ってしまう。最終的に60インチの大きなテレビの方に引き寄せられている。私はふらふらと歩いて行く那月くんの服の端を掴んでそれを止める。

「このサイズのテレビで十分だから」
「でも大きい方がいいってこれには書いて…」
「お店の人はなるべく高い商品を買わせたがるの!」

那月くんはあまりこういう量販店に来たことはなさそうだから全部素直に信じてしまうのだろう。

「大体、こんな大きなテレビ買ったって置く場所ないでしょ」

那月くんと翔ちゃんの部屋にはもうすでにそこそこ大きなテレビが一台あるのだ。それなのにこんな大きなテレビをもう一台買っても仕方ないだろう。それなのに那月くんは大きな画面のテレビがまだ気になるようでその前を動かなかった。

「でもこれだけ大きなテレビだったら翔ちゃんと一緒に見れますね」
「違う番組が見たいからもう一台テレビ買いに来たんじゃなかったの?」

私がそう指摘すると那月くんは「あ、そうでした」と言う。どうやら当初の目的をすっかり忘れてしまっていたらしい。元々那月くんはあまり怒らない人だし、怒っても根に持たないタイプらしい。

「やっぱりテレビはひとりで見てもつまらないから自分用を買うのはやめにします」

そう言って那月くんは笑顔を向けるものだから私も脱力してしまう。ともあれ、ここは那月くんの機嫌が直ったことに喜ぶべきだろう。那月くんでは自分用のテレビを買ったところでどうせほとんど使わないのだろうから、無駄な出費が出なくて良かった。

「そうだ、帰りにケーキ屋さんに寄っていきませんか?近くにおいしいお店があるんです」

家電量販店の場所は知らないくせにこの辺のケーキ屋さんには詳しいなんて那月くんらしい。那月くんが言うくらいだからそのお店のケーキは本当においしいのだろう。彼の買ってきた毎回ケーキは甘さも丁度良くて紅茶とよく合う。

「ふたりでテレビを見ながら食べましょう」

ケーキを食べながらテレビを見るなんて優雅な過ごし方だ。那月くんと一緒に家電量販店に買い物に来るなんて珍しい体験だったが、やっぱりケーキを食べながらゆっくり過ごす方が那月くんらしい。

私が「うん」と頷くと彼は最初の不機嫌さなど欠片も残さない笑顔で私の手を握った。

2011.10.27