今日のお昼は何にしようとわくわくしながら食堂を歩いていた。ハンバーガーにしようかな、でもお米も食べたいなぁと色々考えてしまう。この学校はどこもかしこも豪華で、それは食べ物にも当てはまる。種類も多くて毎回どれを食べるか悩んでしまう。学食と言っても他の学校とは違って広く、席もたっぷりある。ぎゅうぎゅう詰めにならなくていい。

そんな広い食堂で「さーん!」急に声を掛けられたと思ったら後ろから影が現れて私は「ぎゃあ!」とかわいくない悲鳴を上げてしまった。驚いて振り向くと眉を下げて笑う四ノ宮くんがいた。

「そんなに嫌がらなくても…」
「えっと、あのね、急に四ノ宮くんが現れたからびっくりして」

「ごめんね」とまだ心臓がバクバク言っている心臓を押さえながら謝った。確かにいきなりぎゃあは失礼だったかもしれない。

さんは翔ちゃんとは仲が良いですよね」

確かに私は翔くんとは仲が良い。クラスも一緒だしパートナーも一度組んだこともある。むしろ翔くん繋がりで四ノ宮くんと知り合ったのだ。

「僕ももっとさんと仲良くなりたいのに翔ちゃんはずるいです」

そう言って四ノ宮くんは口をとがらせた。ずるいと言われても困る。私としてはクラスも違うことを考えれば結構仲良い方だと思っていたのだけれど。

「私も四ノ宮くんと仲良くなりたいとは思ってるよ?」
「じゃあその四ノ宮くんって言うのやめてもらってもいいですか?これからはなっちゃんって呼んでください」
「なっちゃん?」
「はい」

私が名前を呼ぶと四ノ宮くんはとても嬉しそうに笑った。これだけでこんなに嬉しそうにしてくれるなんて四ノ宮くんは簡単な人だなぁと思う。四ノ宮くん相手なら簡単に喜ばせてあげることが出来そうだ。

「では、僕はちゃんって呼んでもいいですか?」
「どうぞ、なっちゃん」

なっちゃん呼びに慣れようと思って語尾に名前をつけてみると、彼は体をぷるぷると震わせ始めた。もしかしてやっぱり私がそんな風に呼ぶのはおかしくて笑っているんじゃないかと思って彼の顔を覗き込もうとする。

「とってもかわいいです!」
「うわあ!」

四ノ宮くんが急に腕を広げて抱きつこうとしてきたので私は慌てて身を翻して逃げた。あまりにも慌てすぎたので横にあった机にガタガタとぶつかってしまった。ぶつけた太ももが痛い。

「やっぱりちゃんは僕のことが嫌いなんですか」
「違うの。そうじゃなくて、四ノ宮…じゃなかった、那月くんって背が大きいでしょ」

男の子をなっちゃんと呼ぶのはやっぱり恥ずかしくて呼び方を那月くんに変えた。また感極まって飛びかかられたらたまらない。私が呼び方を変えたことに対して那月くんは拗ねたりだとか特に反応を示したわけではなかった。どちらかというとそれどころではないといった感じで、視線を下げてしょぼんとしていた。彼が犬だったら耳と尻尾が垂れているだろう。なんだかこちらが悪い気分になってしまう。

「大きい影がいきなりこっちに向かってくるのに反射的にびくついてしまうというか」

那月くんだから嫌なわけではないのだ。私は昔からどうも大きな人が苦手だ。原因は分かっている。小さい頃、近所の人が飼っている大型犬に飛びかかられたことがあった。なんとなくそれを思い出してしまって大きな人が苦手だった。那月くんは背も高くて体格も割としっかりしているからそれに当てはまってしまうのだ。普通に話す分には大丈夫だが、突然こちらへ向かってこられるとびくついてしまう。

「そう言われても僕の身長は変えられませんし」
「ごめんね、だから本当に那月くんが悪いわけじゃないの」
「あ、そうだ!」

那月くんはそう言ってぱぁと顔を輝かせた。すぐに思っていることが顔に出てしまうところが那月くんらしい。

「動作をゆっくりにしてみたらどうですか?」

那月くんはふわりとやわらかな動作で腕を広げたかと思うと、そのまま私の頭を包み込んで引き寄せてしまった。

「これでもまだだめですか?」

上から那月くんのやわらかい声が降ってくる。さっきは妙案を思いついたと言うような楽しそうな声色だったのが、少しだけ勢いをなくしている。那月くんは人のことをかわいいかわいいと言うけれどもそういう彼こそかわいいなと思う。

「ううん、大丈夫。でもあんまり力を込めたら潰されそうでこわいからやめてね」
「はい。ちゃんの嫌がることはしません」

那月くんは誰にでも抱きつこうとする。那月くんにとって私は『ちいさくてかわいいもの』のひとつでしかなくて、深い意味はないのだろう。それが分かるから安心して抱きしめられていられる。那月くんは大きいけれども、中身はとってもやさしくてかわいい人だ。そういうところはとても好ましく思うし、抱きしめられるのも嫌ではなかった。

「でももうそろそろ離してほしいなぁ」

食堂でこんな風にやさしく抱きしめられてしまったのでは誤解されかねない。苦笑しながら言うと那月くんは「あ、すみません」と言って私を離した。代わりに「お昼、ご一緒してもいいですか?」と少しだけ屈んで私に目線を合わせて尋ねる。那月くんはこうやって私のことをちゃんと考えてくれるから、少しずつ彼に慣れて仲良くなっていけたらいいなと思う。

2011.08.01