テレビの中ではアイドルの聖川真斗が笑っている。真剣な表情も、真面目な発言も、私が知っているものと何ひとつ変わらない。

?』

舞台の話をするテレビの中の真斗の声と電話の向こうから喋る聞こえる声が重なった。

「ごめん、今真斗が出てる番組の録画見てた」
『いつのだ?』
「今日のお昼のやつ」

昼間に放送している番組は仕事で観れないのでこうしてすべて録画している。最近は真斗がテレビや雑誌に出ることが多く、チェックするのも以前より大変になった。少しずつとはいえ、真斗が認められてきていることは嬉しく思う。

「真斗は本当にかっこいいね」

自分の彼氏がアイドルだなんて信じられない。テレビの中で笑っている彼は私の知っている聖川真斗と何ひとつ変わらないのに、今だにテレビに映っている人物が、雑誌に載っている彼が私の知る聖川真斗だなんて未だに嘘じゃないかと思ってしまうのだ。

『……今から行ってもいいか?』
「えっ?」
『今からそちらに会いに行っても良いだろうか』

彼の言葉にちらりと時計を見やると十一時を回ったところだった。そんな時間から彼が家に来ることなんて今までなかったことで、唐突な言葉に戸惑ってしまった。

「もう遅いよ?」
『迷惑か? もう寝るところだっただろうか?』
「いや、まだ寝ないけど」
『ならば少し待っててくれ』

真斗は明日仕事は大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。私は週末で少しくらい夜更かししても平気だけれども、彼に週末は関係ない。きっと明日も収録だか撮影だか稽古だかがあるはずで決して暇なはずがないのだ。彼のことを考えれば今から会いに来るのが良いとは思えなかった。

『頼む』

それでも、そんな風にお願いされては断ることなんて出来るはずもない。

「……分かった」
『ありがとう』

ひどく安堵したような声。どうしてそんな声を出すのか理解出来なかった。真斗に会いたくない人なんてそうそういないだろうに。私が真斗に会いたくないなんてこと、ありえるはずがないのに。

真斗が家のインターホンを鳴らしたのはそれから四十分後だった。

ピンポーンと間抜けなチャイムの音で私は飛び上がった。それまで録り溜めたドラマを見たり紅茶を淹れたりして待っていたのだけれど、ドラマの内容は全然頭に入ってこなかったし紅茶は大して飲まないうちに冷めてしまった。それらを全部放って慌てて玄関のドアを開けると当たり前だけれど真斗が立っていて、ドキリとしてしまった。

「こんな時間にすまない」

バタンと真斗の後ろでドアが閉まる。ひゅっと一瞬冷たい風が室内に流れ込んで止まった。先ほどまでテレビの中にいた人物が私の家の玄関で、目の前に立っているなんて何だか変な感じがした。

「非常識な時間だとは分かっていたのだが……」
「うん」
「どうしても会いたくなった」
「……うん」
「顔を見たら安心した」

真斗の指が私の頬に触れる。指先が冷たかった。外はもっと寒かったのだろう。そんな中でも会いに来てくれたのだと思うと嬉しくなる。

「お茶、飲んでく?」
「いや、時間が時間だからな。遠慮しておこう」
「そっか」

しばらく画面越しでばかり見ていた人物が目の前に立っている。そのことがなんだか変な感じがして直視出来ない。ふわふわと真斗の胸元あたりに視線を彷徨わせてしまう。真斗はそれきり何も言わないし妙な沈黙が出来てしまった。

「もしかして」
「ん?」
「もしかして仕事で何か嫌なことでもあったとか?」

一般人の私が真斗の仕事の悩みを解決してあげるのは難しい。大したアドバイスも出来ないのだけれど話を聞いて甘やかしてあげることは出来る。真斗はそういった彼女の役目的なものを望んでいるんじゃないかと。

「いや」

違った。私の予想は全くの見当違いだったようで、真斗は戸惑った表情を見た。てっきり、仕事で何かつらいことでもあって人が恋しくなったのかと思ってしまった。忙しい中無理矢理時間を作って会いに来たのだから、それなりの理由があるのかと。もちろん困ったことがないのならそれに越したことはないのだけれど。

「ただ、お前の声を聞いていたら無性に会いたくなっただけだ」
「そ、そっか」
「顔が赤いぞ」

これは真斗の言葉じゃなくて自分が勘違いしていたことが恥ずかしかっただけ。そう言い聞かせないと平常心が保てそうになかった。真斗の長くて綺麗な指が未だ私の頬をするすると撫でているのだから。

「電話で表情までは分からないからな」

顔を上げなくたって、視線が私に注がれていることが分かる。見られていると思うとさらに顔を上げられなくなって今度は真斗の靴ばかり眺めていた。

「それにテレビの画面越しとはいえ、お前ばかりが俺を見ているのはずるい」
「何それ」
「自分でも変な理屈だと分かっている」

真斗のおかしな言い分に思わず顔を上げると目が合う。ドキリドキリと心臓が鳴って仕方がない。

「ただ会いたかったことの理由付けにすぎないな」

そう言って真斗が小さく笑う。その笑顔もテレビや雑誌で見る聖川真斗と何ら変わりなくて安堵する。真斗は真斗なんだなぁと。やわらかな視線も、真剣な眼差しも変わらない。そう思うと寒い玄関に立ちっぱなしのはずなのに何だかぽかぽかとあたたかくなって、ふふと頬が緩んでしまった。

2013.12.30