真斗くんは大抵のことは何でも自分で出来る。お料理も得意で私から見ればどこの料亭の料理人が作ったんだと思うようなものを作ってしまうし、趣味でハンカチに刺繍まで入れてしまう。かっちりした性格でお仕事が忙しいはずなのに部屋はいつ不意打ちで来ても綺麗なままだ。私が彼女として彼の役に立てることはとても少ない。逆に私が真斗くんの手料理を食べて、私が真斗くんに取れかかったジャケットのボタンを直してもらい、私が真斗くんに部屋の掃除をしてもらう始末だ。

私は生来ずぼらな性格でわがままだし、ついでに気も利かない。

真斗くんはお坊っちゃまなので世間知らずなことも多いが、常識は持ち合わせているので庶民生活に慣れた今となっては私が彼をお世話するような事態は日常生活の中では起こり得ない。

「お腹空いて死にそう」
「今作っているからもうしばらく我慢してくれ」

現に今だって真斗くんにご飯の用意をしてもらっている。普通は彼女の方が彼氏のためにご飯を作って待っていたりするのに、私は仕事の納期明けということを言い訳に彼氏に食事の支度をさせている。真斗くんはふたりきりでいてもイチャイチャしたがるような性格でもないので私が彼にしてあげれることなんて何もないのではないかとすら思う。というより事実、本当に何もないので私はこうしてソファの上で体育座りをしてただ真斗くんの背中を眺めているだけなのだが。

、はしたない座り方をするな」
「はあい」

スカートで体育座りをしていたら怒られてしまった。自分でもはしたないという自覚があったので素直に言うことを聞く。

そういえば最初のころはパンツが見えていることに真斗くんは真っ赤になっていたのだが、最近は見慣れたのかそんなこともない。ただ私をたしなめるだけである。品がなさすぎて私に女としての魅力を感じなくなったのかもしれない。そんなことを考えながら今度はころんとソファの上に横になる。

「ほら、出来たぞ……ってどうした」

私と真斗くんの関係は恋人同士というより兄妹のようだと思う。私が真斗くんに面倒を見てもらうのが日常の光景すぎて、付き合うことになったと報告したとき周りはきっと驚いたのではないだろうか。学生のころ私ははしたない、だらしないと真斗くんに注意されてばかりで女らしさの欠片も見せなかったからそんな私が真斗くんを好きだったなんて周りは思わなかっただろうし、そんな女らしさの欠片もない私を真斗くんが好きだと言ったものだから驚いたのではないだろうか。何より私自身が一番驚いた。真斗くんの相手は大和撫子か、そうでなくとももっと大人しい子だと思ったからだ。私が真斗くんと付き合うことになったと報告したとき、一十木くんも神宮寺さんも別に意外だとは思わなかったと言っていたけれどきっと私に気を使ったのだろうと思う。

「具合でも悪いのか?」
「んー」

真斗くんはソファの私の頭の方の空いているスペースに腰掛けてゆるゆると頭を撫ぜる。

「お前が食べ物を前にしても飛びつかないなんておかしい。体調が優れず食欲がないのならば今すぐお粥を作ろう」

真斗くんが隣に座ったのをいいことに私はずるずると上の方に移動して彼の太腿に頭を乗っけた。いわゆる膝枕だ。図々しい私は彼が私は体調が優れないのだと思い込んでいるのを良いことにぐずぐずに甘える。

「今日は私が真斗くんのためにご飯を作りたかったなぁって」
「数十分前は久しぶりに俺の料理が食べられると喜んでいたではないか」
「乙女心は複雑なんですぅー」

真斗くんは「乙女心……」と小さく呟くと心配そうな表情で私の額に手のひらをぺたりと当てた。いくら私と乙女心という言葉が似合わないと言ってもこれはさすがに失礼じゃないか。いくらがさつな私にだって一応乙女心というものは存在するのだ。これでも真斗くんが好きなのだから。

「……やはり熱があるな」

大きなため息とともに真斗くんは当てていた手を離した。言われてみれば真斗くんの手のひらは異様にひんやりと感じられたように思う。だが、熱があるらしいと分かっても特にだるくはない。きっと大したことはないのだろう。

「本当に熱あるの?」
「本当だ」

そう言うと真斗くんは私の背に腕を回し、だっこして寝室へ運び込もうとするので私はここぞとばかりに彼の首にしがみついた。

いくら私が女で、真斗くんに意外と力があったとしても人ひとり分だ。重くないはずがない。歩けるのだから自分の足で歩けばいいのに、真斗くんにだっこされるチャンスを逃すのが惜しくて『歩けるよ』とは言わなかった。

ぎゅうとしがみついていると、すぐにベッドの上に下ろされ、そのまましっかりと布団を掛けられてしまった。すんすんとその布団の匂いを胸いっぱいに吸い込む。

「真斗くんの匂いがする」
「……大人しく寝ていろ。今粥を作ってくる」
「さっきの料理は? あれが食べたい」
「駄目だ。食べたければまた今度作ってやる」

なんとなく、このままでは駄目なことは分かっている。学生時代は私が真斗くんに世話を焼かれる関係でも良かったのかもしれない。毎日嫌でも教室で顔を合わせて、あれやこれや真斗くんに面倒を見てもらって。友達だったらそれで良かった。でも今はもう私は真斗くんの恋人だ。

「だから少しだけ待っていてくれないか」

仮病を使うなんてまるで子どもだ。真斗くんはアイドルだからもっとかわいい子も美人な大人のお姉さんも選び放題なのだと思うと体も精神も子どもっぽい自分に嫌気が差した。こういうところがダメで真斗くんの恋人として相応しくないと分かっているのにやめられない。

「行っちゃヤダ」
「我慢しろ」

真斗くんは軽く私の頭を撫でるとそのまま部屋を出て行ってしまった。私の彼氏は甘いけれども私のお願いを何でも聞いてくれるわけじゃない。

こういう聞き分けのない子どもっぽいところが駄目だと分かっているのに思ったそばから直せていない。もっともっと真斗くんに見合う女になりたいと思うのに、思うだけで行動に移せていない。

いつだか神宮寺さんに『レディは甘え上手だねぇ』と言われたことがある。真偽のほどは定かではないが、甘え上手というよりはわがままなのだと思う。甘え上手というのは随分と好意的な表現だ。

こんなのが真斗くんの彼女でいいのか。むしろ真斗くんはこんな彼女のどこが好きなのか。

なんだかおセンチな気分になって、ぐずぐずと鼻を鳴らしていると真斗くんが帰ってきた。手にはペットボトルの水がある。お粥を作るのはまだこれからのようだった。

「本当に具合が悪いようだな」

彼は私の鼻水を風邪によるものだと勘違いしたらしい。真斗くんがティッシュを鼻に当ててくれたので少し上体を起こしてそのままチーンとかんだ。

「どうして真斗くんは私のこと好きなの? 物好きだねえ」

鼻をずびずびさせながらまるで他人ごとのように言ってみる。普通に考えて鼻水かませる彼女なんて嫌だろう。それなのに真斗くんは「そうだな」と答えて何でもないかのようにティッシュをゴミ箱に投げ入れる。

「俺の他にお前を好く男がいても困る」

そう言ったあと真斗くんは照れ隠しのように「ほら、ちゃんと布団を掛けろ」と言って私を寝かしつけようとする。それでも頭まで布団を被せることなくちゃんと肩で掛けてくれくれるあたりが彼らしい。

まるで伝染したかのように、真斗くんの言葉に私まで恥ずかしくなってしまって、にやつく口元を隠すために布団をずり上げた。

「あと私別に具合悪くない」
「ああ。それでも少し寝ていろ」

もしかしたら私たちはこれでバランスが取れているのかもしれない。面倒を見る彼と面倒を見られる私。はたから見れば兄妹のようだけれども、もうしばらくはこのままでもいいかなぁなんて思いながら目を閉じる。まるで許すかのように彼の指が私の瞼をなぞった。

2013.04.30