「テストで賭けをしよう!」と私が聖川くんに持ちかけたのは二週間前のことだ。「賭けごとなど……」と渋る聖川くんを賭けるものはお金じゃない、こういうのあった方がやる気が出るなど適当なことを並べた結果、最後には彼も「それでお前の成績が上がるならいいだろう」と折れてくれた。

賭けるものはベタに『相手の願い事をひとつ聞く』にすることにした。

しかも聖川くんはこのくだらない遊びに付き合ってくれるだけではなく珍しく必死で知識を詰め込む私を見て勉強を教えることまでしてくれたのだ。至れり尽くせりである。賭けの相手にそんなことをしていいのか、敵に塩を送る行為ではないのかと思ったけれど、純粋に聖川くんに勉強を教えてもらえることが嬉しかったので黙っておいた。それで勝ってしまったのだから私はずるい女である。

聖川くんは私が出した答案用紙と聖川くん自身の用紙をつきあわせて「ほう……」と言った。ふたつの紙に書かれた点数は私の名前が書いてある紙の方が三点高い。僅差とはいえ、私の方が高い点数を取ってしまったことに驚きを隠せない。というか、今までの人生でこんな高い点数を取ったことがなくて私の答案用紙を持つ手はカタカタ震えていた。先生の採点ミスなんじゃないかと疑ってみたが何度計算してみても書かれた点数が正しかった。

「約束は約束だからな。何が望みなんだ? 言ってみろ」

聖川くんは差して悔しそうにせず、むしろ私が良い点数を取れたことを喜ぶ親のような表情をしていた。逆に私はと言えばただひたすら戸惑っていた。本当にこんなことになるとは全く予想していなかったため、脳みそがついていかない。聖川くんは黙っている私を勘違いして「遠慮はしなくていい」と言うけれども、そう言われても困ってしまう。

「えっと、まさか本当に私が勝つとは思ってなくて」
「考えてなかったのか?」
「うん」
「だが、望みがひとつもないなんてことないだろう?」

お願いしたいことはいっぱいある。聖川くんとやりたいことはいっぱいある。けれども、ありすぎて改めて考えるとどれを選ぼうか迷ってしまう。こんなことならばすんなり答えられるように何かしら用意しておけば良かったと後悔するけれどももう遅い。

「もしかして俺では叶えられないことか?」

黙ってしまった私を心配して聖川くんが覗き込んでくる。私は慌てて「そんなことないよ」と言ったのだけれどその様がわざとらしかったのか、聖川くんが困ったように眉を下げた。本当にそんなことないのに。聖川くんが叶えられない望みなんてあるのだろうか。多分きっと、私が望むことは彼が全部叶えられる。

「えっと、じゃあ今日はこのあと私が新しい曲作るの手伝ってほしいな、なんて」

そう言うと聖川くんは目をぱちくりとさせた。引かれてしまっただろうか。私と聖川くんはパートナーではない。ただのクラスメイトで、ただの仲の良いオトモダチだ。そんなものパートナーに頼めばいいだろうと言われてしまうかもしれない。そうしたら私のパートナーは女の子だからと言い訳するつもりではあるけれども、やはり迷惑なお願いだったかもしれない。そう思っていたのに彼の口から発せられたのは「それでいいのか」という言葉だった。

「そんなことでいいのか? もっと他にも……」
「このあとずっとだよ? 就寝時間まで付き合ってほしいんだよ?」
「お安い御用だ。こんな簡単なことでいいなんて欲がないな」

そう言って聖川くんはフッと笑う。彼はこんなことと言うが私にとってはとても大きなことだ。パートナーではない私の曲作りに協力したって聖川くんには何の得にもならない。それを叶えてもらえることは十分特別なことだと思う。

「あ、じゃああと聖川くん煎れたお茶が飲みたいから水筒に入れて持ってきて!」
「分かった。確かお前は温かい茶が好きだったな。丁度昨日良い茶葉が手に入ったんだ」

私がほしいものは聖川くんからしたら無欲だと思えるのかもしれない。けれども小さなワガママは沢山言うし、普段はぎゃあぎゃあと騒いでいてうるさい。そもそも賭けをしてくれというのも私のワガママから始まったことである。本当はこんなの沢山沢山してほしいことがある中で選んだひとつで、私のお願いごとひとつひとつ聞いてたらきっと聖川くんの体がいくつあっても足りないと思う。そんな私を面倒くさがらずに傍に置いてくれるだけで十分だ。

「それと、この間がおいしいと言っていたクッキーも取り寄せておいた。一緒に食べよう」

そう言って聖川くんが笑顔を見せた。彼は私のお願いごとを叶えてくれる。彼は多分無意識なんだろうけれど、そのひとつひとつが私をしあわせにするのだ。

2012.09.30