ふと目を開けると腕がじんじんと痛かった。頭を上げると腕の下にノートが広げてあった。そこに綴られている文字はまるでミミズがのたくったようだ。そこでやっと私は課題をやっているうちに眠ってしまっていたことに気が付いた。すっかり痺れてしまっている腕を伸ばすと肩に掛かっていた何かがずり落ちた。

「やっと起きたか」

その声にハッとすると斜めに聖川くんが姿勢よくノートに向かっていた。聖川くんの背筋はいつもぴしっと伸びている。気を抜くとすぐにふにゃふにゃと丸まって寝てしまう私とは大違いだ。「おはよう」と目をこすりながら言えば「まだ半分寝ているだろう」と彼は顔を上げずに言う。彼の手は休むことなくさらさらと白いノートに文字を綴っていく。

そうだ、思い出した。私は一緒に課題をやるという名目で聖川くんのお部屋にお邪魔したのだが、彼の部屋のこたつがあまりにもぬくぬくと心地よくてついうとうとしてしまったのだ。なんて失礼なことを。一緒に課題をやるというのは私から言い出したことだというのに。これでは聖川くんに怒られても仕方がない。

「これ聖川くんが掛けてくれたの?」

先程私の肩から落ちたものを拾い上げて言えば一瞬だけ彼の手が止まった。私の肩に掛かっていたのは半纏だった。もちろん私のものではない。

「こたつで寝ては風邪を引く」

そう言って聖川くんはやっとコトリとペンを置いた。この部屋に来たとき、聖川くんも半纏は羽織っていなかったからわざわざ私に掛けるために出してくれたのだろう。せっかくだからと思っていそいそとそれに袖を通してみる。綿が詰まった半纏はあたたかく気持ちが良くて、こんなものを掛けられたらあれだけぐっすり眠ってしまっても仕方ない。私は足と同じように手も温めようとこたつにもぐると聖川くんが顔を上げこちらを見た。もしかして私がこたつ布団を持ち上げたことによって冷たい空気が入ってしまったのだろうか。そうだとしたら悪いことをしてしまったなぁ。そう思って布団を体にぴったりとつけた。こたつマナーがなっていないと怒られてしまうだろうかと少しびくびくしながら聖川くんの様子を伺うと、彼は大きく息を吐いた。

「昼間から眠そうにしていたのは知っていた。むしろよく授業中寝なかったと感心したくらいだ」

叱責を覚悟して身を縮こまらせていたが、聞こえてきたのは予想していたよりもずっとやわらかい声だった。

「とは言え、お前は生活が不規則すぎる。調子がいいと時間を忘れ没頭してしまうのは分かるが睡眠はきちんととった方がいい。学生なのだからもっと授業に合わせた生活リズムを……」

私が眠くなってしまったのは決して昨晩遅くまで起きていたからではなく、ただ久しぶりのこたつがあまりにも心地良かっただけだ。それを彼はなぜか私が寝不足だったと勘違いしてつらつらと説教を始めたが、これはその分だけ私を心配してくれたということだろう。きっとどうでもいい人のことだったらこんな風に沢山の言葉を並べたりしない。私のためを思って言ってくれている。それが伝わってきて私は思わずくすくすと笑いをもらす。

「何を笑っている」
「ううん、半纏掛けてくれてありがとう」

私がそう言うと彼はつと目を逸らす。それが彼の照れ隠しだと私はもうとっくに知っている。私はそれがなんだか嬉しくてつい口元が緩んでしまう。こんな締りのない顔を聖川くんに見せるわけにはいかないと私はとっさにごろりと後ろに転がってみせる。

「さっき、こたつで寝たら風邪を引くと俺は注意しなかったか?」
「そうしたらまた聖川くんが何か掛けてくれるから大丈夫」
「……お前には敵わん」

それだけ言うと聖川くんは立ち上がる。呆れてどっかへ行ってしまうのかと慌てて体を起こしたが、彼は自分の湯のみと私の前に置かれた湯のみを手に取った。そういえば一番初めにお茶を淹れてくれたのだけれどひとくちも飲まないうちに寝入ってしまった。彼が淹れたお茶はおいしいのにもったいないことをした。

「お茶が冷めてしまったな。今淹れ直そう」
「あ、みかんも食べたいな」
「仕方ないな」

私がわがままを言えば彼は口元で小さく笑う。それは本当に小さな変化なのだけれど、私は彼のこの表情がとても気に入っている。なんだかんだ言って私のわがままを聞いてくれるところがやさしいと思う。風邪を引かないか寝ていないのではないかと私の体調を気遣ってくれる。私のためにみかんを持ってきてくれて剥いてくれと頼めば、きっと剥いてくれるだろう。

彼が出ていったことで気兼ねなく布団を肩まで上げると全身がぽかぽかとあたたかくなってくる。そうするとまた瞼が重く下がってきてしまう。今寝てしまったら今度こそ風邪を引くと怒られてしまうかもしれない。怒られなかったとしてもせっかく聖川くんが淹れ直してくれたお茶がまた冷めてしまう。みかんだって食べなくてはいけない。本当にみかんを剥いてくれと頼んでみようか。また仕方ないなと言って小さく笑うのだろうか。

こうしてずっと聖川くんとこたつにあたっていられたらいいのにとふわふわとした脳みそで思う。

2012.01.24