「今日はいつもより早く目が覚めてしまったので弁当を作ってきた」

そう彼が言った瞬間、私は自分のタイミングの悪さを呪った。

どうしてよりにもよって今日を選んでお弁当を作ってきてしまったのだろう。しかもふたり分。課題の締め切りがまだ先なのをいいことに、たまにはお弁当を作ってみようと早寝早起きをしてやたら張り切ってしまった。慣れないことはするなということなのかもしれない。

真斗は料理が上手い。しかもチャーハンが作れるだとかそういうレベルじゃなくて、栄養をきちんと考えてあって、さらに一手間掛けたような料理を作れてしまう。それだけじゃなくて真斗は裁縫も得意でハンカチに刺繍だって入れられるし、部屋もきちんと片付いている。いつも料理を作ってもらうのは私の方で、取れかけたボタンを付けるのも私が散らかしたプリント類をまとめて整理するのも真斗の役目だ。役目だ、ではない。私が彼の役目にさせてしまっている。

だから、たまには私が彼女らしいところを見せようと思ったのだがどうも上手くいかない。これではどちらが彼女なのか分かったもんじゃない。

「わー、今日もすごいね!」

次々と広げられる重箱に入った立派な料理を眺めながら私はいつものように喜んだ声を出してみせる。普段なら真斗のおいしい料理が食べられるとはしゃぐのだけれど鞄の中に入れたお弁当が重くて手放しでは喜べない。私はそっとお弁当を入れた鞄を体の後ろに隠した。

一緒に昼食を食べようと裏庭に連れてこられたときから嫌な予感はしたのだ。けれども彼は週の半分くらいは購買の惣菜パンやメロンパンを食べているからと楽観視してついてきたのだが今回は嫌な予感が的中してしまう結果となった。

「いつもありがとう!いただきます!」

手を合わせて勢いよく真斗の作った卵焼きを口に運ぶ。彼は卵焼きにもこだわりがあるのだと以前聞いたことがある。こだわっているだけあって真斗の卵焼きはおいしい。私は密かに左手を握り締めながらやっぱり私が作ったものなど出さなくて良かったと思った。この卵焼きと一緒に並べられるのはちょっと恥ずかしい。

「おいしいよ」と言いながら私は次々とおかずを口の中に入れていくのだけれど、その間真斗はなんだか難しい顔をして私をじっと見ていた。ひとくちも手をつけていないどころかお箸すら持っていない。

「あれ、真斗食べないの」
「これは全てお前のものだ」
「は?こんな重箱いっぱいなんて食べられないよ。どう考えてもひとり分の量じゃないし」

こんな重箱に敷き詰められた料理を女の私がひとりで食べられるわけがない。そもそも重箱に詰められたお弁当なんて小学生の頃運動会のときのお弁当ぐらいでしか見たことがない。あれは家族皆で食べるものだ。

「早くお前が作ってきたものを出せ。俺の分も作ってきたのだろう」

それを言われたときの私の顔は相当ひどいものだったと思う。

「……どうして知ってるの」
「俺が昼食を作ってきたと言ったときいつもなら喜ぶお前が一瞬困ったような顔をしたこと、指に絆創膏が貼ってあること、いつもよりひとつ多い荷物を必死に隠していること、それらを合わせて考えれば容易に想像がつく」

まさか気付かれているとは思わなかった。困った顔をしたとしても一瞬だったし、そのあとの態度はいつもと一緒だったはずだ。鞄を見えない位置に移動させたのだって自然を装ったし、指に絆創膏を巻いているのだって料理したときに怪我をしたとは限らないじゃないか。うっかり紙で切ってしまった可能性だってある。今回あれこれ見た目にも凝ろうと張り切った結果うっかり切ってしまっただけで、普段だったらこんなベタなことはしない。

「よく見てるね」
「当然だ。そうでなくてもお前は分かりやすいからな」

自分では全く分かりやすいつもりもないし、他の人にも分かりやすいなどと言われたことはないのに彼にだけは見透かされてしまう。もっともさっきの推理は全然論理的でないし、当たっていたのはただの偶然のはずなのに全部心の中を読まれているような錯覚に陥ってしまいそうになる。

「早くしてくれ。俺だって腹が減ってるんだ」

渋る私に真斗は痺れを切らしかけているようだ。彼だってこの立派なお弁当を作るために早起きをしただろうからきっとお腹が空ききっているに違いない。分かってはいるがそれでも私は素直にお弁当箱を取り出す気分にはなれなかった。

「だって絶対真斗が作った料理の方がおいしい」

これでもかなり頑張って凝った弁当を作ってきたつもりだが、真斗の料亭のような料理に敵うわけがない。お腹が空いているのなら目の前に自分が作ってきた料理があるじゃないかと思ってしまうのだ。

「馬鹿だな。恋人が作ってきた弁当を喜ばない男がいるか」

そんなことをしれっと言うものだから私は言葉が出てこなくて、まるで金魚のように口をぱくぱくさせるしかなかった。

「……今度作ってくるときは事前に言うから」
「それでお前の気が済むのなら」

私がやっとの思いで妥協する言葉を言ったにも関わらず真斗は普段と変わらないままだ。それがなんだか悔しくて私が渋々お弁当箱を出すと「ふたつあるのだろう。両方もらう」と本来は私が食べる予定だった分まで持っていかれてしまった。こういうときはちゃんと彼氏のように振る舞うものだから本当彼には敵わない。


2011.12.30