白は清潔で誠実でそれでもって私にとってはしあわせの色だ。白は雪から冷たいイメージだと言う人もいるが、私には雪も冷たいイメージは持たない。ひらひらと舞い落ちる雪はどこか優しい感じがするし、地面に静かに降り積もった雪はとても綺麗だと思う。そもそも私は白から冷たい雪よりはやわらかい光をイメージする。私にとって白はそんな色だ。

私は白が似合う女の子になりたかった。


新しいコートに袖を通すときはいつも緊張する。着心地はいいか、きちんとあったかいかどうかそんなことばかりが気になる。コートは季節物のため何年も着ることになるからだろうか。他の服を着るときよりも緊張する。特に今年買ったコートは自分に似合うかどうかが気になって仕方がなかった。買うときに試着してサイズは確認したが、結局購入時に鏡を見ることはなかった。今も鏡を見て確認するのが怖くて部屋の中をうろうろしていたが時計の長針が十二を指していることに気が付いた。出なければならない時間を過ぎている。私は慌ててマフラーを首に巻きつけると、最後まで鏡を覗き込むことなく部屋を出た。


待ち合わせ場所である女子寮の前に到着すると約束していた友人はもう既に待っていて、私を見つけると嬉しそうに片手を上げて「ちゃん!」と私の名前を呼んだ。それに私も片手を上げて返しながら彼女のところまで小走りで駆け寄った。昨夜まで降っていた雪が靴の下でサクサクと音を立てた。

「お待たせ。……あれ友千香は?」

今日は春歌と友千香と私の三人で映画を観に行く予定で待ち合わせをしていた。春歌と友千香は同室だから春歌だけがここで待っているのはおかしい。てっきり私が最後だと思ったのだが、周りを見回しても友千香の姿は見当たらなかった。

「忘れ物をしたそうで取りに戻りました。もうすぐ帰ってくると思いますよ」

そう言って春歌は私が来た方向を示した。廊下ですれ違わなかったなぁと思いながらそちらを見ていると春歌が「あれ?」と声を上げた。

ちゃん、そのコート新しく買ったんですか?」

彼女の視線が私の頭の先から足先まで視線が移動するのを見て私は少し緊張して体を強張らせる。春歌とは何度か遊びに出ることもしているから私が新しいコートを着ていることに気付くだろうと思っていたが、予想よりも早くその話題が出たので私は心臓をドキドキさせた。

ちゃんが白い色を着るのちょっと珍しいですね」
「そう?」
「白はすぐ汚しちゃうから着たくないって言ってたような」

確かに以前の私はあまり白を好んで着ることはなかった。食べ物をこぼしてしまうとこわいからという小さな理由からだ。ふわふわとした白いワンピースとかに憧れはあったが見ているだけで十分だと思っていた。

「心境の変化でもあったんですか?」
「コートなら食事のとき脱ぐから大丈夫かなって思っただけだよ」
「ああ、なるほど」

適当な理由を並べると彼女は納得した表情を見せた。「白いって純粋な感じがしてかわいいですよね」と春歌は続ける。

私はその純粋な感じがしてかわいいものを身に付けていることが急に恥ずかしくなって目を逸すと、視界の端に人影が映った。それがクラスメイトの聖川真斗のものだと私はすぐに気が付いた。

彼は学校に残って練習していたのか楽譜を抱え、制服の上にコートを羽織っていた。彼のコートはシンプルな鼠色だった。その鼠色を背景にひらりと雪が彼に落ちたのが見えたような気がした。

彼は雪がよく似合う。多分それは私が彼のイメージカラーを白だと思っているせいだろう。他の人はどうだか分からないが私は彼を見ると白をイメージするし、白い色を見ると彼を思い出す。それは彼が純真で誠実だからだろうか。光のように眩しく、やわらかで、あたたかく、優しいからだろうか。理由は後からいくらでも付けることが出来る。私が彼のイメージカラーは白だと言うと友人たちはもっと彼に合う色があるだろうと首を傾げるのだけれど、私にとって彼は白の人なのだ。

雪の上を歩く彼が眩しくて私はこっそり目を細めた。私は春歌や友千香ほど彼と親しいわけではないが、たまにこうして姿を見れるだけで何かが満たされるような感覚がする。以前はそれだけで満足だったのに、いつからかもっともっとと多くを望むようになってしまった。

「とても似合ってます」

春歌のその言葉にハッとして私は我に返った。急いで何でもない顔を取り繕って「ありがとう」と言って微笑んでみせる。春歌は素直な性格だからその言葉はお世辞よりも本心に近いものだろう。その言葉は余計に私の心臓の辺りをむずむずさせた。この言葉が聞きたかったくせにいざ実際に言われると想像以上に恥ずかしいものだった。

「あ、トモちゃん来たみたいです!」

私が恥ずかしさにやや俯いていると、春歌はそう言って「トモちゃーん!」と彼女の名前を呼んだ。私の肩越しに人影を見つけたのだろう。後ろから「ごめんごめん、お待たせ!」と息を切らしながら言うもうひとりの友人の声が聞こえる。私は一呼吸置いてから春歌が大きく手を振る方へ視線を向けた。

「友千香遅いよー!」

そう言いながら振り返る直前にちらりと彼が歩いていった方を盗み見たがもうすっかり彼の姿は見えなくなっていた。きっと男子寮に帰っていったのだろう。真白の雪の上に彼の足跡だけが残っていた。


白は彼の色だ。だから私は白が似合う女の子になりたかった。


2011.11.16