学食で昼食を取って教室へ帰るとふとある人物が目についた。私の席の後ろに座っている彼は姿勢よく背筋を伸ばして前を見ている。そっちに何があるのかなと思って黒板の方を見たけれども特に変わった箇所はない。そもそも聖川くんはどこを見ているのか分からなくて、視線をたどることも難しかった。
「聖川くん、また寝てるの?」
そう声をかけると彼は私と視線を合わせて「は?」と意味が分からないといった表情をした。反応が早かったから本当に寝ていたわけではなさそうだ。
「だって何をするわけでもなくただ座ってたから目開けたまま寝てるのかなと思って」
「考え事をしていただけで寝ていたわけではない」
聖川くんの言葉を聞きながら私は彼の前の席に座った。聖川くんはよくこうやって本人曰く考え事をしていることが多い。廊下で突っ立ってることも多くて、そのたびに声を掛けようか迷うのだけれど今までちょっとこわくて話しかけたことはない。
「目開けたまま寝れたら授業中バレなくて便利だね」
私がそう言うと聖川くんは「はあ」と大きく溜め息をつくと鞄から本を取り出した。図書館で借りてきたのだろうか。単行本サイズのそれは参考書のように見えた。昼休みまで勉強するなんてやっぱり聖川くんは真面目だなぁと思う。
「でも聖川くんは不器用そうだから目開けたまま寝るとか出来そうにないね」
「不器用だと言われたのは初めてだ」
「手先の話じゃないよ」
手先が器用なのは知っている。その長くて綺麗な指はピアノを繊細に奏でるし、やっているところを見たことはないけれど裁縫が趣味だと聞いている。きっと手先は私より何倍も器用なのだろう。裁縫をしているところもちょっと見てみたい。
「手と言えば聖川くんの手って綺麗だよね」
「またそうやって脈絡のない話を」
「雑談なんだからいいでしょ?」
自分でも話があちこち飛びすぎな自覚はある。聖川くんと話したいことがいっぱいありすぎて思いつくままに喋っていると忙しなく見えるだろう。
「こういうのは嫌?…って聖川くんは本読みたかったんだよね」
「ごめんね」と話を終わらせて前を向く。こんなの聞くまでもない。彼の表情を見れば分かることだったのにわざわざ聞くなんてちょっと嫌味っぽかったかもしれない。私はいつもこうやって勝手に突っ走ってしまう。聖川くんとお話するのが楽しくて、なるべく長くお話したくて、つい話をあちこちに広げてしまう。聖川くんが本を広げた時点で会話を終わらせるべきだった。無理矢理話を続けてしまった。相手のことを考えられないのは最低だ。
後ろにいる聖川くんが今どんな表情をしているのか気になる。怒っているだろうか。聖川くんの不機嫌な視線が背中に刺さっているような気がして少しだけ居心地が悪かった。その原因を作ったのは自分なので自業自得だ。聖川くんと仲良くなりたいのにいつもこうやってうまくいかない。
ふと教室の入り口を見ると四ノ宮くんがちょうど入ってくるところだった。「あ、四ノ宮くーん!」とこれ幸いと腰を浮かせて声をかけたところで肩にぐいと圧力がかけられて椅子に逆戻りしてしまった。びっくりして後ろを振り向くと、眉間にしわを寄せた聖川くんが私の肩に手を掛けていた。
「そうは言ってないだろう」
やっぱり聖川くんはやさしい。表情は読みにくいけれども聖川くんはお世辞とか嘘とか言えそうにないからこの言葉はきっと本心なのだろう。そういう人の隣はきっととても心地良い。
「ありがとう」
お礼を言うと聖川くんは視線を下げた。その様子がなんだかかわいらしくて「ふふ」と笑いを漏らすと聖川くんがこちらを見る。
「何を笑っているんだ」
「ううん、聖川くんとお喋りするのは楽しくて好きだなぁと思って」
うっかり本音が零れてしまった。聖川くんと一緒にいるとすぐに気持ちが溢れてしまいそうになる。聖川くんは今度は「な、なにを…」慌てたように言う。たぶんこれは照れているんだと思う。聖川くんとお喋りするたびに今まで知らなかった彼のことを知れたようで嬉しい。「俺も」と聖川くんが口を開いたので私は慌てて笑いを引っ込める。彼の言葉はひとつだって聞き逃したくないのだ。
「俺も嫌ではない」
聖川くんがこういうことを言うなんて知らなかった。じわじわとまた嬉しさが滲みでてくる。聖川くんと一緒にいると「ありがとう」を何回言っても足りないよ。
2011.07.27