クラスメイトの来栖薫くんが双子のお兄ちゃんのところから帰ってきたという話を聞いて私は慌てて教室を飛び出した。自販機の飲み物を買いに行っていた友達が職員室へ向かう薫くんを見たと言っていたのだ。きっと今頃先生に帰ってきたことの報告をしているだろうから、急げば職員室から出てくる薫くんに会えるかもしれない。そう思って廊下を走る。途中で先生に「廊下は走るな!」と怒られた気がしたけれども「ごめんなさーい!」と適当に謝って足は止めない。

丁度職員室の前の廊下に差し掛かったところで職員室から出てきた薫くんの姿が見えた。なんてタイミングがいいんだと思って声を掛けようとしたがそれよりも先に薫くんがこちらに気づいた。多分私の走る足音がうるさかったからだと思う。

、廊下を走ると転ぶよ」

そう言われて私は素直に走るのをやめた。残りは歩いて彼の元へ行く。久しぶりに見た薫くんはどこか変わっているなんてこともなく、いつものように私に注意する。そんなことでさえ私は薫くんが帰ってきたんだって実感できて嬉しくなる。

「薫くんやっと帰ってきたんだ?心配してたんだよ」
「心配してたって何を?」
「そりゃあ元気だったかなとか。代わりに課題を山ほど出されたって聞いたから大丈夫かなとか色々あるよ」

毎日教室で顔を合わせていたクラスメイトが不在だったら色々思うところがあるだろう。もっとも私の場合はそれだけではなくて、もっと別の下心というものがあったりする。

「あ、私のノート貸してあげようか?」

そう言ってから薫くんの顔が険しくなっていることに気付いて私はそれ以降の言葉を飲み込んだ。機嫌の悪いときの薫くんはすぐに顔に出る。向こうで何かあったのだろうか。何か分からない薫くんの逆鱗に触れてしまったらしい。けれどもそれがなんなのか分からないから私はただたじろぐしかなかった。

「僕は至って健康だよ」
「うん」
「先生にだって許可はちゃんともらってる」
「知ってる」
「成績だってよりいいし、今回課されたレポートだってすぐ終わる」
「うん、そうだろうね」
「心配される要素なんて何もないのには何故そんなに僕を心配するの。何を心配してるの」

薫くんの言う通りだ。薫くんは私よりもずっと出来がいいから私なんかが心配するまでもなく、全て上手くやってしまうだろう。薫くんはきちんと健康管理に気を使っているから倒れたりなんかしないし、無断で学校を飛び出すことなんてするわけがないし、頭が良いから私が手伝わなくったって課題はすぐ終わる。けれども私が言いたいのはそういうことじゃない。

「何もなきゃ心配しちゃいけないの?」

思ったよりも不機嫌そうな声が出た。薫くんはいつも理屈で話をする。そうやって筋道立てて合理的に事を運ぶ薫くんはスマートだけれども、時々こうして融通が効かなくなる。薫くんを納得させるためにはこちらもきちんと理屈で説明しなくてはならないのに、私はどうしてもこういう言い方しか出来ない。

「薫くんは翔ちゃん翔ちゃんってその双子のお兄ちゃんのことばかり気にかけてるけど、じゃあ薫くんのことは誰が心配するの」

薫くんは何をやらせても完璧でどちらかというと薫くんが私を心配する側だ。けれどもたまに薫くんが心配されてもいいじゃないか。確かにそれは薫くんには必要ないことかもしれないけれど、勝手に心配するくらいは許してほしい。

なんとなく私の恋心まで否定された気分になってしまった。せめて私が勝手に薫くんのこと好きでいることくらいは許してよ、と。

「ごめん、でしゃばりすぎた」

威勢よく噛み付いたくせに、言いたいことを言ってしまうと段々勢いもなくなってしまって最後には後悔ばかりが残ってしまった。こんな押し付けがましく言うつもりはなかった。薫くんはこういう干渉を嫌うことは分かっているのに言ってしまう私は彼の言う通り本当に馬鹿なのだろう。

「僕のことなんてどうでもいいじゃないか」
「だから、ごめん」

薫くんは心底理解出来ないという顔をしている。私の想いを隠したまま彼を納得させることなんて出来る気がしなかったから、ただひたすらに謝る。薫くんはいつも心配する側なんだから私の心配する気持ちを分かってくれてもいいものなのに。そのさらに奥にある気持ちは気づかれたら困るけれど。私は薫くんのことをどうだっていいなんて思っていない。心配するってことは薫くんを大切に思っていることだってこと気付いてほしい。一度俯いてしまうと再び顔を上げるのが怖くなるって分かっているのに、つい私は視線を下げてしまった。

「いつもは僕がのお守りをしているっていうのに、僕の心配するなんて百年早いんだよ」
「ごもっともで…」

何故だかお説教モードになってきた。いつも私は薫くんに呆れられてばかりだ。少しでも薫くんのために何か出来たらいいのになぁと思うのに空回る。私ばかりが薫くんに助けられていてこれではいつか見放されてもおかしくない。そう思うと自分が段々なさけなくなってきた。薫くんを心配したければまずは自分がもっとしっかりしなくてはならない。

「でも、ありがとう」

その言葉に驚いて顔を顔を上げると薫くんと目が合った。けれどそれも一瞬のことですぐにそらされる。

きっと私がへこんでいるのを見て態度を和らげてくれたのだろう。薫くんは理屈っぽい。けれども同時に誰かの心配が出来るようなやさしい人だから私はこんなにも彼に惹かれているんだと思う。

2011.09.15