「わ、雪降ってる!」
「本当だ。結構降ってますね」

レイジング・エンターテイメント所有のレッスン場から出ると、しんしんと雪が降り積もっていた。赤と黄の落ち葉の残る道路にもうっすら白の薄い膜が掛かって、何だか幻想的ですらあった。

目の前を舞う雪に驚いた声を上げた私とは対照的に、隣に立つ瑛二くんは落ち着いた声でそれを眺めていた。

「昨日天気予報で言ってましたけど、さん見てなかったんですか? ニュースでも大騒ぎしてましたけど」
「ちゃんと天気予報も見てたよ。でも、本当にこの時期に降るなんて思ってなくて」

手のひらを天に向けて広げてみると、雪の粒がいくつもその上に乗って、しばらくしてからすうっと跡形もなくいなくなった。

「またどうせ雨か、降ってもみぞれだろうと思ってたから」

お騒がせなだけでどうせ積もらないと高をくくっている部分があった。けれども一応これから向かうレコーディングスタジオまでの移動時間は余裕を持って到着できるようにスケジュールを組んでいたのでこのあとの仕事に支障はない。その他諸々、雪でもHE★VENSの仕事が滞りなく済むように前もって準備は万全にしてきている。ナギくんやシオンくんが寒がっても対処出来るように私のタンブラーの中にはあったかい紅茶を入れてきている。

「うわー、寒っ!」
「そんな薄着でいるから」

ぴゅうと吹いた冷たい風に見を縮めると、そう言って瑛二くんがふわりと、私の首元に何かを掛ける。びっくりしてその首に掛けられたものを確認すると、チェック柄のマフラーだった。ふかふかと肌触りがよく、あたたかい。さすが瑛二くん、良い物を持っている。マフラーからはかすかに彼のにおいがした。

「瑛二くんこんなのどこから出したの」
「寒くなるだろうと思って鞄の中に入れていたんです」

瑛二くんは笑って、そのままマフラーを私の首に巻きつけて整えていく。さすが瑛二くんは準備がいいなあと感心してしまってから、ハッと我に返る。私はいつもこうして彼のペースにはめられてしまうのだ。

「ダメだよ、これ瑛二くんのでしょう。これからレコーディングなんだから喉冷やしたらダメ!」

彼らの必要なものはこの鞄の中に揃えてきたのに、すっかり自分のことは頭から抜け落ちてしまっていた。瑛二くんが丁寧に巻いてくれたそれを、申し訳なく思いながらも外して彼に返す。しかし彼はそれを受け取ろうとしなかった。

「すぐそこで車に乗るから私なら平気だよ」
「じゃあ俺だって平気です」
「瑛二くんのマフラーでしょう」

瑛二くんはたまにこうして意固地になるときがある。今日の移動はずっと車だし、スタジオはきちんと暖房が効いているだろうし、寒いのはこの一瞬だけだろう。すぐさま車に乗り込めば大丈夫なのに。

彼が折れる様子がないので私はふうとひとつ溜息を吐いて、マフラーを瑛二くんの首に無理矢理巻き付けた。私と瑛二くんとでは身長差があって、彼が私にしたように上からふわりと掛けることは出来ないので、横から回して何とか彼の首に巻くことに成功した。

「――さんっ!」

瑛二くんの慌てたような声は無視をして、彼が先程私にしてくれたように――彼よりは少し不器用だったかもしれないが、それでも出来る限り綺麗にマフラーを結んで整える。

「……帰り車に乗るときだって寒いかもしれませんよ」
「きっと帰りは瑛二くんがレコーディングで聴かせてくれる素晴らしい歌声を思い出してそれどころじゃないはずだから大丈夫」
「……ずるいなぁ」

そう言って観念したのか、瑛二くんは私がマフラーを整えやすいように少し屈んでくれた。HE★VENSの鳳瑛二がぐちゃぐちゃのマフラーを首に下げているわけにはいかないのだ。やっと何とか瑛二くんらしい好青年に見えるようなマフラーの巻き方に成功して、ぽんぽんと彼の肩を軽く叩く。

「俺、頑張りますね」
「瑛二くんはいつも頑張ってくれてるの、知ってるよ」

彼が雪を被らないように傘を広げてそちらへ傾けると、彼は少しだけ目を細めてから傘に入ってきた。いつもの、車までの短い距離が何だかとても静かで、どこかじんわりとあたたかい心地がした。

2016.11.30