「瑛一さん瑛一さん、見てくださいこの雑誌! 今月号鳳瑛一が載ってるんですよ!」
「本人なんだが」
「すごく格好良くないですか?!」

突然呼び止めて勝手に話し始めた私に、律儀に足を止めて話を聞いてくれる瑛一さんはやさしい。それをいいことに私は件の雑誌を瑛一さんの目の前に掲げる。勢い余って彼の眼鏡にぶつかりそうになってしまった。

「インタビューの内容も充実していて」
「だから本人なんだが」
「帰りにもう一冊、いや二冊買って帰ります!」

本日発売のこの雑誌は朝書店が開く時間に駆け込んで買ってきた。鳳瑛一の載っている雑誌は全てチェックしているが、その中でもこれは一二を争う出来の記事だった。

「ほら、ここです! このページのこれ!」

特にこのカットは見せ方が上手くて、いつもより鳳瑛一の良さが引き立てられている。表情もポーズも大人の色気って感じで鳳瑛一のファンじゃなくたってこの写真に目を奪われてしまうだろうと思った。こうして、世の中に鳳瑛一の素晴らしさが伝わってほしい。もっともっと皆に鳳瑛一の良さを知ってほしい。彼はこんなに格好良いんだって。

「私個人としては、この口元のホクロがすごくセクシーで」

相槌もなくなったが瑛一さんのことだからきっとちゃんと話は聞いていてくれているだろうと一方的に話を続けていると、不意に瑛一さんが目の前に広げられていた雑誌をどけた。現れた彼の瞳と目が合う。

「――もっとよく見てみるか?」

言葉とともに瑛一さんがグッと私の頬を片手で掴んで引き寄せる。急に瑛一さんの顔が近くなって、思わず息が詰まる。息も触れそうな距離は彼の瞳に吸い込まれそうになる。いつもは眼鏡の奥にあって分かりづらいけれども、雑誌の写真の中と同じように瑛一さんの瞳は本当に宝石みたいに美しい。

「え、瑛一さん……」

つい名前を呼んでしまったけれども、あまりの近さに唇を動かすことすら憚られて、掠れたか細い声になってしまった。まるで私の声じゃないみたい。

「ん?」

呼ばれた名前に応えるように瑛一さんの目が細められる。さっきの写真の色気たっぷりの流し目と同じ瞳がひどくやわらかい光をもっていた。この距離だからそれがよく分かる。

――でも、これだけは言わなければならない。

「近すぎて全然見えません」

せっかくの綺麗な顔がドアップすぎて逆によく見えないことを訴える。口元のホクロがセクシーだって言ったのに、これではよく見れるのは目だけだ。見ていいと言うのならばこの手を離して、私の自由に観察させてほしい。

すると瑛一さんは一瞬ものすごく不機嫌そうに顔を歪めて、それから掴んだときと同じように一瞬でパッと手を離した。

「もういい」

まるで何かを諦めたような声色で言う。私の方は全く良くないのに。鳳瑛一の顔をまだ満足いくまで見れていない。それなのに瑛一さんは私のことなのに勝手にああだこうだ決めてしまう。たまに私はそれを不満に思うのだけれど、悲しいかな、瑛一さんは私の扱いに慣れていて、私はいつも上手いこと騙されてしまうのだ。

「雑誌、二冊ほしいんだったか? 事務所にあるのを送ってやる」
「あっ、じゃあせっかくだから一冊はページにサインしてください! でもそしたら三冊ほしいです!」
「分かった、分かった。サインでも何でもしてやる」

私の図々しいお願いも聞いてくれる、もうすっかりいつもの私のよく知る瑛一さんだった。そのことにどこかほっとしていると、上から瑛一さんの視線が私にじっと注がれていることに気がついた。

「瑛一さん?」

再び彼の右手がするりと私の左頬に触れる。そっと、まるで壊れ物を扱うかのようなやさしい仕草で頬を撫で、顎を通って反対側まで移動したかと思うと――ぺちりと手の甲で右頬を軽く叩いた。

「いた!?」
「はは」

本当は大した痛みじゃなかったくせに私が驚いて多少大げさな声を上げると瑛一さんは楽しそうに笑う。

「何するんですか!」
「雑誌を俺の顔にぶつけた仕返しだ」

やっぱり最初に瑛一さんの目の前に広げたときに少しぶつかっていたらしい。それを今さら仕返しするなんて瑛一さんは大人げないとぷりぷり怒ってみせると、彼はそのまま笑って行ってしまう。

「ちゃんと雑誌三冊用意してくださいね?! サインも忘れずに!」

私が後ろ姿を追いかけるように声を掛けると、瑛一さんは片手を上げてひらひらと振って応えてくれた。彼の姿が完全に見えなくなったのを確認して、今度こそふぅと息を吐くと、私は雑誌を大切に大切にぎゅうと胸に抱えた。

2016.12.19