ガチャリと事務所の扉を開けて目に飛び込んできたのは、お菓子の山だった。

「こんなに沢山のお菓子どうしたんですか?!」

菓子の山の向こうでただひとり、瑛一さんだけが何でもないように優雅に雑誌を読んでいる。

「差し入れですか?」
「まぁそんなところだ」

瑛一さんは何でもないように答えて、手元の雑誌に再び視線を戻してしまった。HE★VENSが差し入れを頂くこと自体はそう珍しいことではない。

「それにしてもこんなに沢山……」

一体誰だろうと不思議に思いながらもここレイジングエンターテイメントの敷地に入れる人物は限られているから、きっとスタッフの中の誰かなのだろう。チョコレートからポテチまで色んな種類のお菓子がこんもりと山になっている。七人いるHE★VENSに対する差し入れにしてもやたら量が多い。もしかしてスポンサーからだろうかとも思ったけれども、メーカーもバラバラだった。

「他の皆さんは?」
「瑛二が飲み物を買いに行くと言ったら全員ついていった」

その様子が簡単に想像出来て思わず笑ってしまった。きっとナギくんが今日は自分の好きな飲み物を選びたいと言い出して、シオンくんもついていくと言って、さらに大和くんとヴァンさんもそれに乗って――瑛一さんは明日撮影のある雑誌を開いていることからそれのイメージを固めるために他の皆に買い出しは任せたのだろう。瑛一さんは相変わらず仕事熱心だ。

「こっちはコンビニスイーツ……?」
「これ、この前好きだと言ってなかったか?」

そう言って瑛一さんが指すそれは先日メンバーと甘いものの話になったときにコンビニでお手軽に買えるお手軽スイーツとして私が挙げたものだった。

「はい、皆にオススメしました! 特に綺羅くんとか好きそうな感じだなぁと思って」

小さい大福が詰められたそれは見た目もかわいらしくて、綺羅くんも気に入りそうだと思ったのだ。そのときは渡したそれをしばらく眺めてから大切そうに食べてくれた。口には出さなかったけれども、あれは相当に気に入ってくれたようだった。そのあとも何だか機嫌のよさそうな雰囲気だったし。それくらいは私にだって分かるのだ。

「こっちはナギくんが好きそうなやつ。こっちのこれはシオンくん食べるかな?」
「これは?」
「それもおいしいですよ! 珍しく大和くんが興味を示してましたね」

シンプルな牛乳プリンだけれど最近リニューアルしておいしくなったそれはヴァンさんもこの間食べたらしく、話に盛り上がっていると、それまでずっと筋トレをしていた大和くんが会話に入ってきたのだ。あれはきっとその日の夜にコンビニまで行ったに違いない。

「それなら夜になってから瑛二を引っ張ってコンビニまで行っていた」
「やっぱり」

予想通り、分かりやすい行動を取る大和くんに思わず笑いを零す。あのときは興味がないと意地を張って食べなかったのだけれど、やはり食べたかったのだ。大和くんはこういうところがかわいい。あのときもう少し強引に勧めてあげれば良かったかもしれない。

瑛二くんと連れ立ってコンビニへ行く大和くんの姿を想像していると、瑛一さんは話は終わったとばかりに、再び視線を雑誌に戻してしまう。明日の撮影の準備なのだろうし、あんまり邪魔してしまってはいけないと、そろそろ退散しようかとしたところで、ひとつのパッケージが目に止まった。

「あっ、これこの間私があげたら瑛一さんおいしいって言ってくれましたよね?」
「あ、ああ……」
「どうかしましたか?」

そのチョコレートをお菓子の山から拾い上げると、彼にしては珍しく歯切れの悪い返事が返ってきた。戸惑っているように視線を逸らす彼は、何故だか小さな声で次の言葉を落とした。

「覚えているとは思わなかった」
「瑛一さんだって私の何気ない言葉を覚えていてくれたじゃないですか」

瑛一さんは頭が良いから私が言ったあれこれをよく覚えていてくれる。たまに私が自分で言ったことすら忘れているようなことまで気に留めて、覚えていてくれる。そういうところが、さすがHE★VENSのリーダーだなぁなんて私なんかは感心してしまう。

「それに瑛一さんが甘いものにはまってること、そのとき初めて知ったので」

それまであまり彼が甘いものを食べるイメージがなかったので、勧めたそれを瑛一さんが受け取ったのを意外に思ったのだけれど、どうやら彼の中で甘味ブームがきていたらしく、そのあと何度か食べているところを目にした。小さくまあるいチョコレートを彼が口の中に入れるのが何だか可愛らしく思えた。

「……逆なんだが」
「何がですか?」
「いや、何でもない」

そう言って瑛一さんが表情をゆるめる。ふわりといつもより随分とやわらかい口元と、眼鏡の奥で細められる瞳は、雑誌やテレビの画面を通して見るのとは何だか少し違うような気がして、ドキリと心臓が鳴る。瑛一さんのそのやわらかい魅力に飲み込まれてしまいそうになった。何か、誤魔化された気がしないでもないのだけれど。

「じゃあ俺はそれをもらおう」
「はい!」

そう言われて瑛一さんに手渡す。しかしその間に、テーブルの上のひとつが目に止まった。

「あっ! それが好きならこれも気にいるかもしれません! 食べてみてください!」

それも一緒に取って、彼に渡す。彼の両手はスイーツで塞がれて、なんだか食いしん坊みたいで、おかしかった。それでも、ちゃんと受け取ってくれるところが瑛一さんらしい。

「これもおいしくて、私大好きなんです」

瑛一さんも気に入ってくれると嬉しい。そうして、また瑛一さんが笑ってくれればいいななんて、そんな風に思うのだ。

2016.12.14