今日の飲み会はお酒もつまみもおいしいお店だったし、友人や先輩たちとのお喋りはとても楽しかった。そんなとてもいい気分で飲み会が終了したというのに私は解散後もお店の前に突っ立っている。そして足元にはしゃがみ込んだ財前くんがいる。

「私はどうすれば……」

比較的酔っていないと判断された私は、同じように比較的酔っていないと判断された財前くんと一緒に店の前に取り残された。私はひとりで歩いて帰れるけれども財前くんの方はすっかりしゃがみこんでしまって一歩も動かない。いつもは飲み会でも彼がここまで酔った姿は見たことがないのだけれど、今日は先輩たちに注がれて断りきれなかったらしい。じゃあ飲ませた先輩が責任持って最後まで彼の面倒を見てよと思ったのだけれど、その他彼以上に使い物にならない人々を家まで引きずってく先輩たちを見たら待ってくださいなんて言えなかった。かといって私が財前くんを押し付けられなくてはいけない意味も分からないのだけれど。

しかしいつまでも居酒屋の前に突っ立ているわけにはいかない。やっぱり私が財前くんが回復するまで付き合うか彼を家まで送り届けるかしなければならない。さすがに見捨てるのは薄情に思えた。

「大丈夫?」

屈みこんで財前くんの顔を覗き込もうとしたけれども彼はすっかり三角座りを決め込んでいて顔を上げようともしない。もちろん私の問いかけに対する返事もない。

「ほら財前くん、帰ろ?」

腕を引いて立たせるつもりで手を伸ばすと、財前くんがその手をぎゅうと握った。財前くんがこんな風に手を握るなんて思ってもみなかったものだから驚いてしまった。腕を引いてなんとか立たせたあとは彼の手首を一方的に握って歩かせるつもりだった。

「財前くん、手……」
「なんや」

そのあとには文句あるんかとでも続けるつもりだったのだろうか。財前くんは一瞬睨みをきかせたが肝心の言葉はむにゃむにゃと口の中から出てくることはなかった。相当酔ってるらしい。それでも財前くんがなんとか立ち上がってくれたので安心した。

「家ここから近いんだよね」
「おん」
「どっち?」
「あっち」

そう言って財前くんが指差す方の道を進んでいく。財前くんの手を引いて歩くなんて変な感じだ。いつもクールな財前くんがまるで小さな子どもみたいだ。夜の住宅街は駅前と違って静かで、時折車がヘッドライトを光らせて通り過ぎるだけで歩く人は私たち以外いない。街灯がぽつぽつと私たちが歩く道を照らしていて、財前くんの家まではまだまだ遠いような気がした。

「財前くんってさ」
「何」
「お酒弱いの?」
「アホ、めっちゃ強いわ」
「でも今日は酔ってるね」
「酔ってへん」

ろれつが回っていない財前くんの喋り方はなんだかかわいらしい。一体どれだけ先輩たちに飲まされたのだろうか。勧められてものらりくらりとかわして自分のペースを守る財前くんがこんな風に酔ってしまうなんて先輩たちは一体どんな手を使ったのだろう。

「酔ってへん」
「そっかー」

同じこと二回言うなんて普段の財前くんからは考えられない。絶対に酔ってる。けれどもそれを言ったらまた彼が不機嫌になりそうだから黙っておく。不機嫌になったっていつもみたいに怖くはないどころかかわいいくらいなので何も問題はないのだけれど。

「ふふ」
「なに笑ってんねん」
「財前くんと手繋いで歩くの楽しいなって」

こんなことを言ってしまうなんて私も大概酔っているらしい。財前くんと握った手をぶんぶんと振って歩く。なんだかとてもいい気分だ。どうやら歩いたことによって私も酔いが回ってきたらしい。

「あんたがふらふらして危なっかしいからやろ」

ふらふらしてるのは財前くんの方なのだけれど彼からしたら私の方が危なっかしいらしい。どうやら本人はまっすぐ歩いているつもりらしい。いつもすたすた歩く財前くんからは考えられないくらいゆっくり歩いているというのに。でもおかげで私はいつもとほぼ同じペースで歩くことが出来て助かっている。ゆっくり歩くからなかなか財前くんのお家に着かない。街灯の下をひとつ通り過ぎたけれどもまだ先に街灯はいっぱいあった。

「そうだね」

私がまた笑いをこぼすと財前くんがぎゅうとさっきより強く手を握ったものだから私も離さないようにしっかり握り返した。

今夜はとても愉快だ。

2012.08.10