昼休み、お弁当の包みを机の上に出していると誰かが真横に来た気配がした。昼休みは生徒の移動が激しいからたまたま誰かが通り掛かっただけだろうと思い気にしないでいると「やあ」と声を掛けられた気がした。顔を上げるとひとりの男子生徒が立っていて、軽く手を上げた彼は私と目が合うとにっこりと楽しそうな笑みを深めた。それとは対照的に私の気分は急降下していって、思わずため息が出てしまう。そんな私の様子を知りながらも大して気にかけることなく目の前の男子生徒、幸村精市は私の座る前の席の椅子に手を掛ける。

「そこ友達の席なんだけど」
「ちょっと借りるくらい良いだろ」

そう言って幸村はどかっと勢いよく椅子に座る。ちょっと借りるような座り方じゃない。絶対この言い方は居座る気満々だ。どうして彼はこうも態度が大きいのか。他の人の前では多少猫を被っているくせに、私の前ではもう被っても意味がないと判断したのかいつもこんな感じだ。それは幸村に少しは心を許されている証拠かなと前向きに考えてみるけれども、正直被る被害の方が大きい。

「何か用事?」
「別に大した用事はないんだけどさぁ」

そう言う幸村の顔には明らかに退屈だからと書かれている。なんだ、もしかしていつも一緒にいる友達が休みだとか委員会だとかでいないのか? だとしても、寂しがっているにしては態度がでかすぎるし、そこは友達が座る席だから空けてほしい。

「ちょっと、私友達と一緒にお弁当食べる約束してるんだけど」
「あっそ」
「『あっそ』って……」

約束があると言っても彼は動く気配がない。先程も言ったがそこは友達の席だ。今は丁度飲み物を買いに席を離れているが帰ってきたらそこに彼女は座り私とお昼を食べる予定なのだ。そこに幸村が座っていては友人が困ってしまうではないか。

「あれ、幸村くん来てたの?」

そうこうしている間に友達が戻って来てしまった。ほら、幸村がそこにいるから彼女が困ってる! そう非難の目を向けてみたが、幸村はどこ吹く風でにこにこと私の友達に笑いかけている。

にちょっと用事があってね」
「用事あるとか嘘ばっかって痛っ!」

足を思いっきり踏まれた。幸村の顔は相変わらず美しい笑顔のままだ。その笑顔がおそろしい。人の足を思いっきり踏みつけた直後の人の顔じゃない。さっき自分で用はないと言ったばかりの口で平然と嘘をつくから幸村精市は油断できない。

「ちょっとこいつ借りるね」
「待ってってば!」

そう言って彼は私の手を掴んで立ち上がる。手を引かれた勢いのままに立ち上がると私の椅子はガタンと大きな音を鳴らす。とっさにお弁当の包みを掴んだ私を誰か褒めてほしい。もしこのまま何も持たずに幸村についていったら確実に昼飯を食いっぱぐれることになっただろう。その証拠に幸村の手にはちゃんと彼のお弁当箱がある。そもそも私は友達とお弁当を食べようとしていたのにどうして幸村に拉致されなければならないのか。抵抗しようとすると掴んだ右手をぎゅうと強く握られた。幸村お前自分の握力考えろ! そう言ってやりたいけれども言ったら絶対にさらに力を込められることは分かっているので大人しく従うしかなかった。

そのまま幸村は私の手を引いて廊下を大股で歩いて行く。「どこ行くの?」と問いかければ「どこだっていいだろ」という不機嫌そうな声が返ってきた。この調子だと多分幸村もどこへ行くのか考えずに歩いていたに違いない。

「幸村、手痛い」
「我慢しろ」
「あと踏まれた足も痛い」
「歩けるんだから大丈夫だろ」

そう言うくせに痛いと言えば握る力を弱めてくれるし、歩く速度も先程よりゆっくりになった。態度はこんなだけれども、本当はやさしい。私が本気で嫌がることはしないし、私を気遣ってくれることもある。

「今日は天気がいいから中庭でお弁当食べたいなー」
「調子乗りすぎだよ」

そう言いながらも幸村の足は中庭に向かっている。目的地が決まっていなかったから私のリクエストを聞いてくれたというのが本当のところだろうけれど、なんとなく幸村を操縦出来ている気がして気分がいい。F組のあの頭良さそうな柳くんでさえ精市は御しきれないだとかなんとか言っていたから余計に優越感を感じる。

足取り軽く幸村の後ろについていく。まぁたまには幸村と中庭で食べるお弁当もいっか。私がいつの間にか上機嫌になっていることを前を歩く彼は知らないに違いない。

2012.08.11