あと五分寝たいと思いながらも学校へ行く支度をして、先生の教科書を読み上げるまるで催眠術のような声と戦い、たまに眠気に負けて机に突っ伏しているとあっという間に時間が過ぎる。しかしご飯の時間だけは意識がはっきりするのだから私の脳みそは実に都合良く出来ていると思う。

友人と机をくっつけて昨日見たドラマの話をしながらお弁当を食べていると、どこかに行っていたらしい白石が教室に帰ってきた姿が目についた。そこで私はやっと次の授業のノートを白石に借りっぱなしだったことを思い出した。席に戻るため近くを通った白石を「ねえ」と呼び止める。

「白石ちょっと待って」
「おん?」
「借りてたノート返す」

そう言いながら机の中をあさるが、全教科置き勉している机の中はノートやら教科書やらでいっぱいでなかなか目当てのものがすぐに取り出せない。いくつか関係のないノートを机の上に取り出したところでやっと表紙に白石蔵ノ介と書かれているノートを発見した。

「はい、ありがと」

そう言ってノートを渡すと「そう言えば貸してたなぁ」という返事が返ってきた。次の授業で使うというのに随分とのんびりしたものだ。間に授業がないからといって三日間借りっぱなしにしていた私も悪いのだけれど。

これで会話が終わったと思い、机の上に出したノートを再び中にしまっていたが隣に立った白石が移動する気配がない。変だと思い顔を上げると白石がじっとこちらを見ていたものだから少し怯んでしまった。

「どうしたの?」
「お礼、ないんか?」

さっきまで貸していたことを忘れていたというのになんて図々しいやつだ。とはいえ、私は授業中うっかり寝てノートを取り損ねる度に白石に借りている。他の友人は毎回ノートを取っていないうえになかなか返ってこないから嫌だと言って私を見捨てていて、もう白石ぐらいしか貸してくれる人がいないのだ。白石に見捨てられたら終わりなのだから、図々しいやつだと言っていないで何かお礼の粗品を渡すべきかもしれない。

そう思ったが今日は生憎鞄の中にお菓子は入っていないし、飴も眠気をごまかすため休み時間に全部食べてしまった。かと言って購買までひとっ走りするには時間がない。

「あー、いちご牛乳飲む?」
「おん、それでええよ」

苦し紛れでまだ口をつけていなかったパックのいちご牛乳を差し出してみると、なんと白石は快く受け取ってくれた。こんなものがお礼でいいのだから随分と安上がりだ。ストローは差してあったので白石はそのまま口をつける。その姿を私はぼんやりと見ていた。

「白石っていちご牛乳とか飲むんだ」
「なんや、くれたん自分やろ」
「そうだけど」

ちうちうとパックにささったストローを吸う白石は意外というかなんというか、かわいらしく見えた。普段はイケメンで通っているくせにこういうかわいい一面を見せてくるのだからイケメンってこわい。イケメンはピンクすらも似合ってしまうのだから恐ろしい。なんとなく普段の白石のイケメンイメージとは違って、見てはいけないようなものを見ているような気がして私はこっそり視線を逸らした。

「ごちそうさん」

あっという間にいちご牛乳を飲み終えたのかことりと机の上に何かが置かれる。飲み終えたパックぐらい自分で捨てろと思ったけれど、捨てるところまでがお礼だと思い直し視線を上げると見慣れたピンク色のパッケージではなく、緑色の緑茶と書かれたパックが机の上に乗っていた。

「飲み物、が飲む分なくなってしもうたやろ」

一体どこに隠し持っていたのか。そのお茶があるなら私のいちご牛乳はいらなかったんじゃないのか。そんなことを頭の中でぐるぐる考えていたのだけれど白石がにこりと微笑んでみせたので私はすっかり毒気を抜かれてしまって、ただ「ありがと」とだけ返すので精一杯だった。

一拍遅れてドッドッと心臓が勢いよく鳴る。この分だと、お弁当を食べてお腹いっぱいになった午後でもしばらく眠気は訪れそうにない。

2012.08.23