国語の授業でどうして先生は教科書を音読するのか。今日から新しい小説を授業で扱い始めたのはいいのだけれども、この国語教師は新しい単元に入るたびに教科書を音読するのだからいけない。先生が最初の2,3ページを読んでる間に私の目はあっという間に最後まで文字を追ってしまえるのだからこの時間は無駄だと思う。いつもは出席番号で生徒を指名して音読させるのだけれど、今日は先生が読みたい気分らしい。自分が当てられる心配もないと分かるとより一層緊張感というものがなくなってしまった。国語の授業は嫌いではないのだけれど、この時間はとても無意味で退屈なものに思えた。

ノートの隅っこに落書きをしたりしていたのだけれど、結局飽きてシャーペンを放り投げた。「ふあ」とあくびが出てしまって慌てて口を塞いだ。あくびを噛み殺せなくて大きく口を開けてしまったけれど、もしも誰かに見られていたら恥ずかしい。きょろきょろと周りを見渡してみたけれど、誰とも視線が合わなかった。皆授業に飽きて顔を上げている生徒はこのクラスにほとんどいなかった。隣の席の人物なんて完全に突っ伏して寝ている。

先週の席替えでお隣さんになった千歳千里という男子生徒はよく授業をサボる。今日は珍しく国語の授業に出席しているなと思っていたのにぐっすり眠っているのでは全く意味がない。

学校の机で寝るには彼の体は大きすぎるように思えた。彼の体に対して机の上のスペースは狭すぎるのではないか。体を縮こまらせて眠るのでは逆に疲れてしまうのではないかと心配になった。

なんとなくドキドキしながら彼を観察していたのだけれど「じゃあちょっと早いけど今日はここまで」と言う先生の声と周りの生徒の歓声で現実に引き戻された。時計を見ると授業の終わりを告げる鐘がなるまであと10分もある。クラスメイトが歓声を上げるのも無理はない。あの退屈な授業が早く終わったのならば私だって歓声を上げたいぐらい嬉しい。けれどもそれをしなかったのは隣で寝ている彼が気になったからだ。

千歳くんは教室中の歓声にも起きることなく眠ったままだった。よくこんなに堂々と寝ていて先生にバレなかったなと感心する。しかし生徒の椅子を引く音や話し声がうるさくなっても千歳くんは一向に起きる気配がない。次は移動教室だからこのまま寝ていては遅刻、もしくは欠席になってしまうのではないかと心配になった。サボりならまだしも不本意な欠席は彼も望まないのではないかと思い、起こしてみる気になった。余計なお世話だとしても隣になったよしみということで許してもらおう。

「千歳くん千歳くん、もう授業終わったよ」
「んー、なんね?」

肩をとんとんと叩いて呼びかけると、むにゃむにゃと眠そうな声で千歳くんが答える。のっそりと起き上がる様はなかなか迫力がある。ゆっくりと千歳くんが顔を上げるのを待つ。千歳くんのもじゃもじゃした前髪が彼の顔にかかってちょっとずつ彼の顔が見えてくる。けれども彼の顔が完全に見える前に私は「ぷっ」と笑ってしまった。

「千歳くんおでこ真っ赤になってる!」

制服の跡も付いていて、まさにさっきまで寝てましたと顔に書いてある状態だった。きょとんとしている千歳くんに「ほら」と言って鞄から鏡を取り出して見せれば彼は「あー」と納得したような声を出した。私がくすくす笑いを抑えきれずに漏らしているというのに彼は怒るでもなければ焦るわけでもなかった。もしかしたら寝起きで頭がまだ働いていないのかもしれない。ぐっすり眠っていたのだったら無理に起こしてしまって悪いことをした。まだ休み時間に余裕があるのだからあと2,3分寝かせておいてあげた方が良かったかもしれない。

そう思ったのだけれど、彼が「あー、よく寝たばい」と満足そう言って長い手足を伸ばすものだから私はまたなんだかおかしくなってくすくす笑ってしまった。

2012.08.28