「聞いてくだサーイ! 今日ディシプルたちがボクのためにお茶会を開いてくれたのデース!」

バンと大きな音がして扉が開いたかと思うと、その向こうから両手を広げた楪が現れる。まるで舞台の上にいるかのような動きだ。楪はいつも何もかもが大げさすぎる。

「楪、扉はもっと静かに開けなさいっていつも漣も――」

ダンボールの中に使わなくなった資料を詰めていた手を止める。あいにく今ここには私しかいないので、漣や暁の代わりに私が楪を注意するしかないのだ。

私がお小言を言われているというのに楪にはその自覚がないのか、にこにことした笑顔のまま、こちらへ歩いてくる。

そうして楪は私の目の前に立ったかと思うと、バッと私を抱え上げた。

「トレビアーン!」

そう言って彼はそのままくるりと一周回ってみせる。

「ちょっと、楪!」

鋭く名前を読んでみても彼は全く聞いていないようで、にこにことしあわせそうな笑顔のまま、くるくると回り続ける。

最近楪は喜びを表現するのにこの方法がお気に入りのようですぐに私を抱え上げる。最初は死ぬほどびっくりしたし、悲鳴を上げた。こんな風に誰かに抱えられる経験なんて今までなかったし、ましてや同い年の男の子にそんなことをされるなんて想像もしていなかった。

未だに楪に脇を持たれる瞬間は心臓が飛び上がる。

それでも何とか表情には出さずに、もう慣れたという顔をするのだ。最初のころ漣に相談して『諦めが肝心だ』と言われたことを思い出す。これは楪にとって何ともない、普通のことなのだ。外国の挨拶とかそういうものと一緒。だから私も気にしちゃいけないのだ。

「ボク、とってもうれしかったデース!」
「分かった、分かったから!」

楪の向こうで、見慣れた部屋の景色がくるくると回っている。目が回っているのか、私を抱き上げる楪の笑顔がチカチカと目に眩しかった。

「下ろしてってばー!」

何周か回ったあとに楪はようやく私を下ろした。私の言葉を聞いたと言うよりは、彼自身が満足したからなのだろう。遠心力でぷらぷらと心許なかった足もやっと床について落ち着いた。今回の嵐のような楪の喜びの表現もやっと終わったようだ。

ふぅと安堵の溜め息を吐くと、今度は肩が引き寄せられて、ぎゅっと抱き締められた。その衝撃に吐き出しかけた息が詰まるかと思った。

、本当に分かってマースか?」

楪に名前を呼ばれる。肩に半分埋められた顔から囁くように呼ばれると、何だかざわざわと落ち着かなかった。

楪と距離が近すぎるせいで、私の顔も楪のふわふわとした髪に埋もれてしまっている。

「ゆずりは」

彼の髪が口の中に入りそうで、ふごふごとした情けない声しか出なかった。

ぎゅうぎゅう抱きつく楪はやわらかくない。同性の友達とは違うのだ。だから、いくら彼が友達とはいえ、これは少し困る。

助けを求めようとして今は漣も暁も柊も鳳も皆ここにはいないことに気が付いた。止めてくれる人はいないのだ。

「楪」ともう一度名前を読んで、胸板を押し返そうとしたところで、パッと彼が離れる。

「お茶会をシマショー!」

唐突にそう言って彼は私と視線を合わせたかと思うと、目を細めて笑う。「ふふ」と彼の口から溢れる笑い声はどこまでもやわらかい。

「今から!?」
「ソウデース! ディシプルたちが今日のお茶を分けてくれマーシタ! これから私と、ふたりきりのお茶会デース!」

ふと机の上を見ると、彼が来るまではなかった小さな紙袋がちょこんと乗っていた。

ふたりきりも何も、今ここにふたりしかいないのだから必然とそうなるだろうに。それなのに楪はとてもうきうきした様子で言うのだ。

にもしあわせのオスソワケ、デース!」

にこにこと楪はこれ以上ないってくらいの笑顔を浮かべている。まだお茶会は始まっていないというのに。それにつられて私の口からも「ふふ」と楪と同じ笑い声が漏れてしまった。

それを肯定と取ったのか、楪が私の手を引いて椅子に座らせる。

そうして、鼻歌を歌いながら上機嫌でお茶の準備を始める楪を見ていると、先ほど抱き締められて心臓が痛いほど鳴っていたこともまた忘れてしまいそうになるのだった。

2018.11.06