「本気でどうにかする気あんのか?」

天花寺くんのその言葉にぐっと詰まってしまった。星谷くんがリーダーとして鳳先輩のところへ書類を届けに行っている間に、天花寺くんが壁に寄りかかりながら溜め息混じりに言うのだ。

――星谷との仲を進展させる気はあるのか、と。

「一体何年こんなこと続ける気だ?」
「この調子じゃ一生掛かりそうだな」
「月皇くんまでひどい!」

さすがに一生このままでいるつもりはないのに。ただ、すぐにはどうこう出来なさそうっていうだけで――そういうような内容をもごもごと言うと今度は月皇くんまで溜め息を吐く。

「那雪はどう思う? 賭けるか?」
「か、賭けないよっ! え〜っと……明日?」
「明日はさすがに私が無理だよ!」
「無理とか言ってるからお前は駄目なんだ」
「だって〜!」

空閑くんと那雪くんも会話に加わって、いつもの星谷攻略作戦会議が始まる。基本的にこの会議において私の味方は那雪くんしかいない。なかなか告白出来ないでいる私に、天花寺くんは急かしてくるし、月皇くんは呆れているし、空閑くんは無言の圧力がすごい。私だって好きこのんで『だって』や『でも』を繰り返しているわけじゃないのに。

「お待たせ〜……って一体何してるの?」

扉の開く音でぎゃいぎゃいと天花寺くんに向かって反論していたのをピタリと止める。それまでさんざん騒がしくしていたのを急にやめたものだから星谷くんが扉のところで目を丸くさせている。

「な、何でもないよ!」

結構扉も厚いから声が漏れていたとしても内容は聞き取れないはずだ。しかし聞かれていないと分かっていても心臓に悪い。

「早く行こ!」

そう言って自分の鞄を持ち上げようとしたのだけれど、持ち手の片方がするりと抜けて鞄が斜めになる。さらに運の悪いことに鞄のチャックが開いていて、バラバラと大きな音を立てて中身が床に落ちていった。

「わ、大丈夫?」

星谷くんがすぐに屈み込んで中身を一緒に拾い集めてくれる。彼らが稽古している最中に一度ペンを使ってそのままにしていたものだから筆箱の中身まで床に散らばっている。早く部屋を出ようと思っていたのに何をやっているのだか。

恥ずかしさで深く俯いたまま教科書とペンを拾っては鞄の中に投げ入れていると、不意にぴたりとそれらとは違うものに触れた。

「えっ」
「あっ……」

顔を上げるとすぐ目の前に星谷くんがいて、彼の手の上に私の手のひらが重なっていた。思わぬ距離にびっくりして、星谷くんの瞳から目が離せずにいると彼が一度瞬きをする。その動きでハッと我に返った。

「ご、ごめん!」
「いや、えーっと……はい、ペン!」
「本当ごめんね、ありがとう」

渡されたペンをそのまま鞄の中に投げ入れる。手元に集めた残りのものも全部乱雑に詰め込んで立ち上がる。

「情けねえな。手が触――」
「天花寺くんっ!」

さすがにこれ以上はまずいと思ったのか那雪くんが天花寺くんの口を押さえて発言を止めてくれた。本当に那雪くんには感謝してもしきれないくらいだ。

「手?」
「何でもないよ! ほら、行こう?」

そう言って星谷くんの背中を押して部屋から追い立てるようにして出る。パタリと後ろでドアの閉まる音がする。きっとこの扉の向こうで彼らはまた私について何か言うに違いない。もっとも、星谷くんと偶然手が触れたりだとかそういう偶然は何度か起こっていて、その度に私が全く同じ反応を繰り返すものだから、見ている彼らが何か言いたくなるのは分かる。私自身、もういい加減慣れたらいいのにと自分に言いたいくらいだ。――でも現実は彼の手に触れるとひどく心臓が鳴ってしまう。きっと何度繰り返したとしても同じだ。

いつも歩いている廊下が何だか普段よりも暗いようなきがする。日が暮れるのがまた早くなったのか。ひたひたとふたり分の足音がやけに響く。

「今日星谷くんのステップ良かったよ。ほら、最近ずっと練習してたところ!すごく綺麗に決まってた!」

チーム鳳の皆の協力あって、私を駅まで送る役目は星谷くんで固定されている。『こういうことはリーダーがやらないと』とか何とか言って毎回星谷くんが送る流れを作ってくれたのだ。正直毎回毎回迷惑じゃないかなと不安になるのだけれど、それを聞くと彼は『何が?』と全く気にしていないように言ってくれるから、ついついそれに甘えて曖昧に笑ってその会話を終わりにしてしまう。

天花寺くんからは『せっかくチャンスを作ってやったんだ、しっかり活かしやがれ』といつも怒られる。帰り道だけでなく、何となくもしかしていい雰囲気になりそうかも〜というときは必ずチームの皆が空気を読んでくれる。そのことにはとても感謝している。――かと言って、結果を出せるかどうかは別問題だ。

今日の稽古を見学させてもらった感想をつらつらと並べていると、不意に「あ、あのさ」と星谷くんが口を開いた。

「あのさ、さっき天花寺たちと何の話してたの?」
「えっ? さっき?」
「オレが部屋に戻ってきたとき……」

まさかこのタイミングでその話を蒸し返されるとは思っていなかった。思わずギクリと凍りついたのを気付かれはしなかっただろうか。

「あ〜! えーっと、なんだったかなあ! くだらないやりとりだったからもう忘れちゃった!」

那雪くん曰く“好き好きオーラ”が出まくりで、『星谷くん以外はすぐ気付く』レベルらしい。最近ではチーム柊の面子にもバレてしまっているとも聞いた。彼らと顔を合わせる機会はそう多くないはずなのに、どれだけ分かりやすいのか。もっとも、それ以外も感情が顔に出やすくて分かりやすいとはよく人に言われるのだけれど。

「なんか楽しそうにしてたからさ、気になって!」

星谷くんが入ってきた瞬間皆が急に口をつぐむものだから彼が不審に思っても仕方ない。それを私たちの下手な嘘でここまで誤魔化してこれたのが奇跡なくらいだ。

「……最近天花寺と仲良い?」
「えっ、別に今までと変わらないと思うよ?」
「月皇ともよく喋ってるし、那雪と仲良いのは、前からか……。最近空閑ともなんかふたりで内緒の話してるっぽいし」

じわりと心臓からやわらかい何かが溶け出すような感覚がする。星谷くんにこんなことを言われたのは初めてだ。前は『チーム鳳の皆とも仲良くなれたみたいで嬉しいよ!』なんて言われていたくらいなのに。

「……気になるの?」
「いや、詮索するつもりはなくて! ただ少し前までオレと一番仲良いと思ってたのに〜とか――」

そう言ってそこで星谷くんは言葉を切って、頬を掻いた。

「あはは、何言ってんだろオレ」

これは、期待してしまってもいいのだろうか。自分ひとりでは判断が付かない。今この場にいないチーム鳳のメンバーに相談したかった。言葉通り“友達”としてなのか、それ以上の意味を含んでいるのか。含んでいなかったとしても、一番仲が良いと星谷くんが思っていてくれたことに心がふわふわと弾む。

「私も、星谷くんが一番だよ」

星谷くんが一番好き。星谷くんだけが好き。それを早く彼に伝えたかった。

2017.12.16