彼から待ち合わせに遅れるという連絡があっても、私は大して落胆しなかった。

待ち合わせをして、大抵の場合相手を先に見つけるのは私の方だ。稽古で忙しい卯川くんと違って日々の時間を持て余しぎみである私は彼に会うのが楽しみでいつも早く待ち合わせ場所に来てしまう。決めた時間よりもまだ早いとは分かっているのに、ついそわそわとした気持ちで彼が来るであろう方角を何度も確認してしまうのだ。その待っている時間も、彼を一番に見つける瞬間も大好きだった。

でも、今日は駅前の景色をぼんやりと眺めていると「?」と名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返って「卯川くん」と彼の名前を呼び返すと白い息の向こうに私と同じくらい驚いたような顔があった。けれどもその表情は私の元に来る数歩のうちにみるみる険しいものになっていく。

「バッカじゃないの?!」

「遅れるって連絡入れたよね?!」と私が言葉を返す間もなく卯川くんの言葉が続く。彼の後ろに見える広場の時計は彼が遅れるという連絡とともに教えてくれた新しい到着予定時刻よりも二十分も早い時間を指していた。

「待ってていいとは言ったけどこんな寒空の下で普通一時間も待たないでしょ!」
「イルミネーションがきれいだなぁと思って見てて」

クリスマスの近い十二月の駅前はきらびやかな光で彩られている。葉が落ちた後さびしい木も白や青のLEDで飾られて、道行く人が皆眺めて通っていく。

「飽きなかったよ」

卯川くんと一緒に見れたらもっときれいだろうなぁと考えていたらすぐに時間が経ってしまった。もし、叶うならクリスマスは大きなツリーを彼と一緒に見に行けたらいいなだとか、プレゼントに手袋なんかはどうだろう、でももう良いものを持っているかもしれないなだとか、どうしたら何をしたら卯川くんは喜んでくれるだろうかとか。そういうことをひとつひとつ考えていたら待っている時間は全然苦じゃなかった。

「そんなに寒くなかったし」
「嘘ばっか! 鼻の頭真っ赤だし! 手だってこんなに冷えてるじゃん!」

卯川くんが私の手をぎゅっと握った。卯川くんの手だってそんなにあったかいわけではなかったけれど、風が当たらないだけで刺すような冷えはなくなったし、何より彼に手を握られているという事実にドキドキして体温が急激に上昇するようだった。

「待たせてたボクが言うのもアレだけど……ひとりで見てて淋しくなかったの?」
「どうして?」

私が聞き返すと卯川くんは驚いたように目を丸くさせる。

「卯川くんが来てくれるのは分かってたから」

もし来るかどうかも分からない相手を待つのだとしたら、それは淋しかったかもしれない。行き交う恋人たちが手を繋いでしあわせそうにイルミネーションを眺めているのを羨ましく感じただろう。でも、例えどんなに遅くなったとしても絶対に卯川くんは来てくれると思っていたからそんなことを感じる暇もなかった。卯川くんにもうすぐ会えるのにそんなことを考えている場合じゃないのだ。

「ほーんと、ノーテンキっていうか……」

私の言葉に卯川くんが呆れたように言う。卯川くんにはよく能天気だと言われてしまう。私だって何事にも対しても誰に対しても能天気なわけではないのだけれど。

「待っててくれてありがと……」

照れたように小さく彼が言う。勝手に待っていたのは私なのに卯川くんはやさしい。ぎゅっと握られたままの手はもうすっかりあたたかくなっていた。

「じゃあ私のお願い一個聞いて?」

あまりにも彼がやさしいからきっと私は我儘な人間になってしまったのだ。普段こんなことは言わないからか、「何?」と彼がまた驚いた顔で聞き返す。今日は何だか彼を驚かせてばかりいる気がする。

「あっちの通りのイルミネーションが綺麗なんだって。ちょっと遠回りになっちゃうけど見て行ってもいい?」

待っている間に前を通りかかったカップルが話しているのが聞こえたのだ。この駅前も綺麗に飾り立てられているけれども、それよりもすごいらしい。卯川くんは稽古後で疲れているのにこんな我儘を言って迷惑なんじゃないかと思ったけれど、もし見られるのなら一緒に見てみたかった。ちらりと様子を伺うと「そんなこと」と彼が言う。

「良いに決まってるじゃん」

ぐいっと手を引かれる。そうして握られた手はそのまま卯川くんのコートのポケットの中に入れられた。

「ほら、早く行くよ!」

そう言って彼が歩き始める。ポケットに入れられた手のせいでいつもより距離が近い。ほとんど卯川くんの腕にくっついていないと歩けない。これは不可抗力だからと自分自身に言い訳しながら、彼の腕に抱きつく。くっつきすぎだと怒られるかと思ったけれども、卯川くんはそれに対して何も言わなかった。ぎゅうとくっつくと通り抜ける冷たい風もマシになったような気がしたのと同時に、胸の奥からぽかぽかとあたたかいものが溢れてくるようだった

ちらりと彼の横顔を盗み見る。隣を歩く彼の耳が赤く染まっているのはきっと寒さのせいだけではないのだ。

2017.12.11