渡り廊下に出ると、むわっと暑い空気が体にまとわりついてくる。私が持つ缶とペットボトルのゴミ袋が鳴らす音に混じって、じわじわとうるさいほど鳴く蝉の声が耳元で大合唱しているのではないかと思うほど大きく聞こえた。

「虎石くん、本当にありがとう」
「それ教室出るときに山ほど聞いたっつーの」
「改めて、往復するのはちょっときつかったなと思って」
「オレだって同じ掃除当番だし?」

ゴミ捨てのじゃんけんに見事一人負けした私を手伝うと声を掛けてくれたのが虎石くんだった。いくら掃除当番のひとりだったとは言え、勝負は勝負。手伝う義理なんてないはずなのに、虎石くんはやさしい。しかも可燃ゴミがぎゅうぎゅうに詰まった重いゴミ箱を持ってくれているのだ。いくら感謝の言葉を伝えたって足りないくらいだ。

「よっ」という小さな掛け声で虎石くんがゴミ箱を抱え直す。半袖から伸びた虎石くんの腕がたくましい。きっと私が運んでいたら倍の時間では済まなかっただろう。

「力持ちだね」
「トーゼン。これくらい余裕だぜ」

虎石くんは中学のとき野球部だったと聞いた。やっぱり野球部だと腕が鍛えられるのだろう。それとも、男の子は皆こうなのだろうか。

軽いけれど嵩張る袋をガシャガシャと不恰好に鳴らしながら歩く。ゴミ捨て場までの距離はそう遠くないと思っていたはずなのに、会話が途切れると途端に道のりが長く思える。渡り廊下に出る直前までも何か話していたはずなのに、もうその内容が思い出せない。

ちらりと隣を歩く虎石くんを盗み見ると、遠くの方に視線を向けていた。向こうにふたり分の人影が見えるけれども、距離がありすぎて誰だかまでは分からない。

「もうすぐ夏休みだね」

私がそう言うと虎石くんの視線がこちらに向くのが分かった。じわりとまた体温が上がったような感覚がする。

私は机に向かって勉強するのがあまり得意ではないのもあって、レッスンに集中出来る夏休みが待ち遠しかった。けれども、何の理由もなく、ただ教室に行けばクラスメイトに毎日会えていたのに、何もしなければこのまま一ヶ月以上顔を合わせないことになる。

「だな〜。夏休みどこ行く?」
「えっ」
「えっ?」

私の心底驚いた声に虎石くんも驚いてこちらを覗き込んでくる。

「夏休み、遊び行くだろ?」
「……行く」

あまりにも当然のことのように言われて一瞬思考が停止してしまった。まさか虎石くんから遊びに誘われるとは思っていなかった。未だにドキドキとうるさい心臓をこっそり押さえる。

「ったく、驚かせんなよ〜。どんだけ練習漬けの毎日を送るつもりなのかと焦ったぜ」
「だって、虎石くんは……」
「ん?」

私の小さな声を拾うために虎石くんが屈む。さっきから彼の距離は心臓に悪い。私の持っている大きなゴミ袋のせいでこれ以上距離が縮まることはないと分かっていたけれども、彼の前髪が揺れるたびにドキリと一際大きな音で心臓が存在を主張する。

「チーム柊の皆と練習で忙しいのかと。合宿もあるでしょ?」
「それなー」

そう言って虎石くんが神妙な顔をして頷いてみせる。教室でチーム柊の皆が合宿のことについて話していたから知っている。合宿の他にも沢山練習があるし、色々予定があるのだと話していたのを知っている。

「でも休みがないわけじゃねえし」

いたずらっぽく虎石くんが笑う。そりゃあ一日も休みがないということはないだろうし、休息や息抜きは大事だし、とまるで他人事のようなことばかりが頭の中を巡る。

――そうじゃなくて、きっと虎石くんが言いたいことは。

「行き先、リクエストがあれば先に言っとけよ?」

咄嗟に虎石くんと行ってみたい場所がありすぎて「えっと……!」と慌てて頭をフル回転させていると手足の注意が疎かになって、足が袋にぶつかってカラカラと中の缶が派手な音を立てる。

夏のきらきらとした日差しが今は待ち遠しかった。

2018.07.23