「雨だね」

俺がそう言うと彼女はがっくりと肩を落とした。比喩ではなく、細い肩がいつもより数センチ下がっている。あまりにも分かりやすい態度に思わず笑いが漏れてしまった。

「来年に期待、かな」

彼女は今夜の月見をとても楽しみにしていて、お団子の準備をしたり、ススキを取ってきた方が良いかと悩んだりとても忙しそうにしていた。

俺としてはその様子を眺めているだけで十分楽しかったのだけれど、やっぱり彼女の喜ぶ顔を見ていたいから晴れてほしかったなぁなんて欲張りなことを思う。

「せっかくのお団子が……」

かさりと彼女の手から下げられたビニール袋がさびしげな音を立てる。

息を吸い込むと雨の日特有のしめった空気が肺いっぱいに広がった。

彼女になんと声を掛けるべきか。

「でも!雨が降ってても、雲で隠れても月はあるから!」

彼女はぱっと顔を上げると決意に満ちた顔で拳を握りしめた。

その勢いに思わず、目を瞬かせる。彼女の表情がちかちかと眩しい。

「お団子、楽しみだね」
「それだけじゃないってば!」

そう言って彼女の頬が淡く染まる。

食いしん坊だとかそういうつもりで言ったのではないのだけれど、勘違いさせてしまったらしい。必死で説明する彼女の言葉に相槌を打ちながら、ころころと変わる表情を眺める。

「……好きだなぁ」

俺はきっと彼女のこういう考え方がとても好きなのだ。

呟いた言葉は彼女には届かなかった。けれど、それでも良い。届かなくてもここには確かに存在するのだから。

ぽたりと、月から零れ落ちた雫が彼女の傘を伝っていった。

2019.09.14