今日の辰己くんは何だか少しだけおかしかった。
映画館で飲み物を買うときにはわざわざ私の手を握り直し、観た映画が良かったのでちょっとパンフレットを買ってくると言えば「俺も一緒に行くよ」とついてきた。
映画を見終わったあとカフェに入っても感想を話しているとテーブルの上に置いていた私の手を突然握ってきたかと思えば、そのあとすぐに何事もなかったかのように「そろそろ帰ろうか」と切り出した。
甘えているのとも違うし、外に出て疲れてしまったのとも違うように見える。違和感はあったけれども、私だっていつも以上に辰己くん辰己くんと彼の名前を呼んであれこれ話し掛けてしまっていたのだから、お互い様だったかもしれない。
帰り道、コツリとヒールの音がアスファルトに響く。足元に視線を落とせば、お気に入りのパンプスに私の足が収まっている。隣を歩く辰己くんの靴は私よりもずっと大きいのに、私に合わせて小さい歩幅で足を動かすのを見ていると、何だかくすぐったいような気持ちになる。夕日のオレンジ色で染まる静かな道を彼と歩くのが楽しくて、一日の終わりだというのに足取りが軽くなる。
そうしてふたりで黙って歩いていると、不意に辰己くんが珍しく大きな溜息を吐いた。
「やっぱり今日のデートコースは失敗だったかも」
「えっ?」
辰己くんの言葉に思わず間の抜けた声を上げてしまった。一体、今日のどこに失敗があったというのだろう。辰己くんとはいつも家の中で会うことの方が多いから、映画館へ行くのは新鮮な気持ちではあったけれど。
「私は楽しかったよ?」
辰己くんが何をもってそう言っているのかは分からなかったけれども自分の素直な気持ちを伝えると、辰己くんが私の手を握る力がまた少しだけ強くなる。
「俺の彼女があんまりにもかわいいから誰にも見せたくないなと思って」
そう言って辰己くんが口元を手で隠しながらもこちらを覗き込む。明るい夕日の下で、辰己くんの綺麗な色の瞳が近い。
久しぶりの辰己くんとのお出掛けだから今日はいつも以上に気合いを入れておしゃれをしてきたのは事実だ。お気に入りのワンピースを着て、髪を丁寧に巻いて。辰己くんの隣を歩くのだから恥ずかしくないようにと思ってのことだったけれども、辰己くんに褒めてもらえたら嬉しいなと、少しも期待しなかったと言えば嘘になる。
「ひとりにしたら誰かに連れ去られちゃうんじゃないかと思って気が気じゃなかったよ」
「……それは考えすぎだよ」
お世辞だとしても言い過ぎだ。ちょっとおしゃれしたくらいで絶世の美女になんかなれはしないのに。
それでも、こちらをまっすぐ見つめる辰己くんの目がひどく真剣なものだったから、途端に私はどうしたら良いのか分からなくなってしまった。辰己くんの言葉に頬が熱くなっているのが自分でも分かる。恥ずかしさに耐えられなくなって視線を逸らすと、彼が小さく私の手を引く。
「ね、俺だけのものでいて」
もうこんなにも私の中は辰己くんでいっぱいに満たされているのに。
2018.09.28