「あれ、? どうしたの?」

勝利を上げたあとの宴の席で、クリスの隣に割って入って座ると、彼が驚いた声を上げた。

酒の席でクリスの近くに私が行くことはほとんどない。いつもクリスたちは今日の一番の手柄は誰だとか、今日奪った宝の中でどれが一番価値があるかだとか、次狙う財宝はどうするだとかそういう話ばかりしていて、戦いに出ない私はまったく話についていけないからだ。それに、ブラッディ・ロジャーの実質的な船長であるクリスの周りにはクルーの中でも一目置かれる人物が集まってくるのだ。

今日だって彼らは先ほどまでそういう話をしていたはずなのだけれど、突然体を捻じ込ませて入ってきた私に驚きながらも「飲め飲め」「食え食え」と飲み物や料理をどんどん私の目の前に並べてくる。真面目な話の邪魔をしたはずなのに、彼らはまるでそんなことはなかったかのように私のために場所を空けてくれる。

「珍しいね」

そう言ってクリスがぐいと私の肩を引き寄せるものだから、思わず悲鳴を上げてしまいそうになった。元々狭いスペースに割り込んだものだからクリスとは足が触れてしまいそうなほど距離が近かったのだけれど、今度は完全に肩が触れてしまっている。体を縮こまらせて固まった私とは対照的に、クリスは平然としていた。

「じゃあひとまず次に向かうのはその港にしよう。アルベールにも伝えておいて」

そう言ってクリスは話に区切りをつけると、ジョッキを引き寄せて中身をぐいと煽った。他のクルーたちはもう次の話題に移って、今度はテーブルの端に座る船員の今日の戦いぶりを口々に褒めていた。もうこちらを気に掛けている人なんてすっかりいなかった。

、これ食べた? おいしいよ?」

クリスはまるでなんてことのないように私の肩を抱いているけれども、彼にこんなことをされたのは初めてだった。自分から隣に座ったくせに、何だか居心地が悪くて体を捩るとそれ以上の力で引き寄せられる。

「ほら、口を開けて」

そう言ってクリスがフォークに刺した果物を私の口元へ運んでくる。しかし一切れが大きすぎて、とてもじゃないけれど一口で収まりきるサイズではない。そもそもクリスの手から物を食べるなんて、子どもじゃないんだから。そう思ってクリスの手首を掴んでフォークを受け取ろうとしたのだけれど、彼はなかなかそれを離そうとしなかった。

「クリス、私自分で食べられるから」
「だめ」
「クリス……!」

いつもはこんなことしないくせに。妙な気恥ずかしさに耐えられなくなって目を閉じて強く名前を呼べば、彼がくすくす笑う声がする。「つれないなぁ」と言う声にはからかいが含まれていて、やはり私が困る姿を見て楽しんでいたのだ。こっちの気も知らないで。

「いつもと違うタイミングで俺のところに来たから、甘えたいのかと思って」

いつもと違うということまで気付いていながら、どうしてそんな結論に至るのか。今日のクリスは戦いのあとで気が大きくなっているのか、きちんと話を聞いてくれない。やっぱり宴のときまでクリスのそばにいようとしたのが間違いだったのだと離れようとしたのだけれど、彼の手が押さえつけるせいでそれは叶わなかった。

「分かってる」

向こうでは変わらず海賊たちが騒がしく飲んでいるというのに、クリスのひどくやさしい声だけは間違いなく拾う。

「俺のこと、心配してくれたんだろう?」
「違うもん」
「違わないさ」

クリスが戦いで活躍すればするほど、それだけ危険と隣り合わせになる。でも私はクリスが負けるはずないことを知っているし、彼が危険を顧みないことは昔からずっとだ。それを全く心配していないわけではないけれど、そんなの今さらだ。私が心配しているのはそんなことではなくて――

ふと顔を上げると、髪を風に揺らした彼の横顔がまるで知らない人のもののように見えた。

思わず彼の真紅の上着の端をぎゅっと握る。大事な上着を皺にしてしまうとは分かっていたけれども、掴んでいないと不安だった。そんな私の様子を見て、クリスが小さく笑い声を落とす。

「そんなに不安がらなくてもいいのに」

クリスが私の瞳を覗き込んで微笑む。彼のその海のように綺麗な色の瞳を見つめ返していると、彼の輪郭がじわりと滲んで、私はまた慌てて俯いた。クリスは多分、半分くらいは私の抱えるこの感情に気が付いている。

――クリスが本当はどこへだって行ける人なのだと気付いてしまってからというもの、私は彼が私の手の届かないどこかへ行ってしまうことを恐れているのだ。

「今日はずっとこうしててあげる」
「……途中で気を変えたりしないでね」

クリスがさっきよりも強く私の体を引き寄せ、頭をもたれかからせる。ふわりとやわらかい彼の髪が私をくすぐった。クリスにくっついている箇所からじわじわと彼の体温が移ってくる。それにひどく安心するのと同時に、じわりと自分自身の熱も上がっていく感覚がする。

「――もちろん」

すぐ耳元で彼の声がした。

2018.08.22