「あつい……」

周りに人がいないのでつい声に出してしまった。真上からは焼けるような真夏の太陽が降り注ぎ、下はアスファルトの照り返しが容赦なく襲う。滴り落ちた汗も一瞬で蒸発しそうだ。

擦れ違う人がいないのも当然で、きっとこんなひどい暑さの中歩く人などそういないのだろう。皆あまりの暑さに出掛けるのを断念するか、日が暮れてからに予定を変更するか、車を使って移動しているに違いない。私だって日傘や帽子を用意してこなかったことを後悔している。蝉の鳴く声もまるで耳鳴りのようにこびりついてしまっている。

?」

あまりの暑さと太陽の眩しさに伏せていた視線を上げると、直射日光を避けるためか、いつもの白い練習着のフードを被った辰己くんが目の前に立っていた。暑さのあまり自分の作り出した都合の良い幻覚かとも思ったけれど、何度瞬きを繰り返しても目の前の彼は消えなかった。

「辰己くん?! どうしたの、こんな暑い日に」

こんなひどい暑さの中、私以外に外を出歩く人間がいるとは思っていなかった。

「ちょっと用事があって……。はバスを使わなかったの?」
「ちょうどバスが行ったばっかで。待ってる間に着くと思って歩いたんだけど今は後悔してる」

それまで手の甲で滴り落ちる汗を拭っていたのにそれを辰己くんの前でするのは憚られて、鞄の中からハンカチを取り出して汗を拭く。

「少しだけあの公園で休憩しよう」

辰己くんがフードの端をちょこっと持って被り直す。彼の手が頬に影を作る。チーム柊の皆が着ている練習着の白は、光をほとんど通してしまっている。辰己くんの上にも殺人的な日光は等しく降り注ぐらしい。

たまに自主練なんかで使うこの公園は綾薙からそう遠くないはずなのに、この気温ではその距離さえ歩くのがつらい。さすがに辰己くんは私と元々の体力が違うのか、こんなときでもきちんと背筋が伸びている。ぐでぐでに溶けそうに歩いている私とは本当に大違いだ。

そんなことを考えながら彼の後ろをついていると、不意に辰己くんが振り返る。すっかり油断しきった姿勢で歩いていた私は慌てて背中を伸ばす。そんな私を見て、辰己くんが少しだけ眉根を寄せる。

、こっち側」

そう言って辰己くんは私の手を引くと、道の端っこを歩かせる。そこはほんの少しだけれど日陰になっていて、心なしか照り返しも少しはマシになった気がした。

公園ではいつもは子どもたちが遊んでいるのに、今日はそのはしゃぐ声はひとつも聞こえない。ご老人が談笑している姿もないので、いつもはぽつぽつと埋まっているベンチもがら空きだった。

「ちょっと待ってて」

私を木陰にあるベンチに座らせる。仰ぎ見た辰己くんの顔は、暑さからか少しだけ赤く染まっている。彼の言葉におとなしく頷くと、彼はそのまま行ってしまった。

木々の間から眩しすぎる光がちかちかと落ちてくる。

向こうの砂場はまるで砂漠のように蜃気楼さえ見えそうだった。誰かが忘れていったバケツとスコップの輪郭が歪んでいるような気がする。

「はい」

声に顔を上げると辰己くんがスポーツドリンクを差し出していた。彼のフードの白が日に透けている。

「ありがとう……」

ペットボトルを受け取ると辰己くんがにっこり笑顔を作った。くらりとまた頭が煮えそうになるのを、ペットボトルの冷たさで誤魔化す。受け取ったそれをまずは首筋に当てて体の熱を冷ますと少しだけ生き返った心地になった。

隣に座った辰己くんは被っていたフードを外すと、金髪がぱさりと落ちる。

私がそれに目を奪われている間に彼はペットボトルを開けて、一気に半分ほどそれを飲み干す。彼が喉を動かすたびに汗が首筋を伝って落ちていく。

「今日は何だか特別あついね」

彼の言葉に私はただ頷いて答えた。また頭がぼんやりとしてくる。蝉のミンミンと鳴く声が一層うるさくなったように思えた。今日は特別にあつい日なのだ。

2018.07.09