クリスが私たちと違うということは、もうずっと前から感じていて、分かりきっていることのはずだった。
「――クリスは王子様だったんだね」
自分の髪が海風になびく。視界を遮った一束を指で掬って耳に掛け直す。
それを知ったとき、彼が何だか急に遠くにいってしまったように思えた。アルベールやアンリほどの強い繋がりはなくとも、クリスとは同じ船で同じ時間を過ごして、彼のことは何でも知っているつもりでいたのに。
一緒に宝の地図を見つけて持ち帰ったことも、間一髪で海軍の船をやり過ごしたことも、お互い眠れない夜にふたりで一枚の毛布にくるまって星を眺めて朝まで過ごしたことも、急速に遠ざかって、まるで夢か幻のように感じられる。
本当に何にも知らなくて、全部分かったつもりでしかなかったのだ。
「俺は俺だよ」
クリスは海を眺めながら何てことのないように言う。私はとても大事な話をしているつもりなのに、こちらを見向きもしない彼が恨めしかった。
「生まれがどうであれ結局海に戻ってきてしまったし、俺は死ぬまで海賊さ」
彼の金色の髪が光に透け、風に揺れている。この景色は何度も見てきたはずなのに、今までとは違うもののような気がしてしまう。向こうから聞こえる船員の騒がしい声も、海鳥の鳴く声も、波のさざめきも同じもののはずなのに――
「何も変わらない」
私の心の中を覗いたかのような言葉とともに彼が振り向く。やっと見えた彼の顔が、想像していたよりもずっと強い瞳をこちらに向けていたものだから、それに押されてぐっと言葉に詰まってしまった。
「それとも、きみは変わってしまった?」
そう言って、彼がトンと私の胸を指で叩く。一瞬だけ、彼の瞳が揺れたような気がした。けれども私が瞬きをする間にそれはすぐに消えて、綺麗な翠色だけがこちらをまっすぐに見つめていた。
「どちらにせよ、手放すつもりなんて毛頭ないけどね」
クリスの右手が私の左手を掴んで持ち上げる。反射的に掴まれた方の手を見てしまってから彼へ視線を戻すと、ひどく近い位置に彼の顔があった。目が合うと彼がすぅっと目を細める。
「俺という男をきみは知っているだろう?」
そう言って覗き込むクリスの顔は見慣れた表情だったはずなのに、まるで初めて見るもののように思えた。また強い風が吹いて、髪が顔に掛かるのを、今度はクリスの左手がそれを掬ってよける。荒っぽい海賊たちとは違う仕草。
「知ら、ないわ……」
「じゃあこれから嫌というほど教えてあげる」
私の手を掴む彼の力は強くて逃げられそうにない。それなのに頬に触れる指先はひどくやさしくて、それが何よりもクリスのものであることを証明しているのだ。
2018.05.08