三寒四温。

寒い日が続いたと思えば、そのあとはまるで五月のように暖かい日が数日続く。少しずつ春に近づいている証拠なのだろうけれど、私はこの気温差が苦手だ。体調を崩しそうで怖いし、服も何を着たらいいのか分からなくなる。

「今日は寒いね」

はぁ、と辰己くんが自身の指先に白い息を吹きかけながら言う。駅のホームは余程風が冷たかったのか、彼は熱心に手を擦り合わせて暖を取っていた。私と同じように駅前で人を待っていた人たちも手を温めたり、時折吹く風に首をすくめたりしていた。

「夕飯は鍋で決まりかな」

彼の手がするりと私の指に絡められた。





「辰己くんは座ってて」
「俺が言い出したことなのに」

「鍋くらい……」と口を尖らせている。いつもは自分の料理の腕を自覚しているからか、いつもはお皿を出したりテーブルの上の準備をしてくれる。今日はその準備が既に終わってしまったからか、それとも本人の言うように鍋くらいという気持ちがあるからなのか、なかなか私の隣から離れようとしなかった。

「ほら、これで終わりだよ」

春菊をまな板から移しながら言うと、彼は少しだけ不満そうな顔を続けたあと、すぐにぱっと明るい表情に変わる。目を輝かせて、私の肩越しに覗き込む。

「えっ、もう?」





「おいしかったね」

火を消したばかりの鍋はまだあたたかさを残している。ゆらりと立つ湯気の向こうで辰己くんが「ふう」と息を吐く。

「沢山あったはずなのにあっという間になくなっちゃった」

一緒に買い出しに行くと、あれもこれもとカゴに入れてしまって、ふたりにしては多すぎるくらいの具材を用意していたはずだった。それなのに気が付くと大きな鍋の中はもうすっかりなくなってしまった。辰己くんとお喋りしていると、一緒にいると、楽しくていつもよりもごはんがおいしく感じられてついつい箸が進んでしまった。

――大食いの女だと思われやしなかっただろうか。今さらながらお肉やら野菜やらが収まったお腹を彼から隠すように押さえた。

「また、一緒に食べようね」

今日は前日に比べて気温が下がった一日だったけれど、その前はまるで春のようにあたたかい陽気だった。きっともうすぐ本当に春がやってきて、鍋の季節は終わってしまうのだろう。

「――明日も、来年も」

ふわりと彼が微笑む。ぱかりと口を開けてその意味を問おうとしたのだけれど辰己くんが「片付けをしようか」とよいしょと立ち上がる。

鍋から立つ湯気はもう消えてなくなってしまったけれど、その代わりにぽっと心臓のあたりがあたたかくなったような気がした。

2018.03.16