ぽとりと鞄の中から何かが落ちた音がした。机の下を覗くと生徒手帳がページを開いた形で落ちていた。その表紙とページの間に挟まっていた何かが飛び出ている。

「これ……」

手帳とともに拾い上げるとそれは友達からもらった辰己の写真だった。確か文化祭のときに撮られたもので、辰己ファンの間で広く出回っていたものだ。

ほしいとこちらからは一言も言っていないのに友達が「も持ってなよ!」と半ば押し付けるように渡されたのだ。「生徒手帳の間に挟んどこ!」と彼女にされるがままに入れたもので、しばらく存在を忘れかけていた。生徒手帳に挟みっぱなしなんて意味深だしどこかに移動させたいけれど、かと言ってどこにしまっていいのか分からない。

幸運なことに辰己とそこそこ仲の良い友達というポジションを得ている私が、こんな風に彼の写真を持っていたら彼に対してファン以上の気持ちを持っていると勘ぐられてしまってもおかしくない。――私にやましい気持ちがなければ良かったのだけれど、本当にそういう気持ちを持っているのだから困る。

そう考えるとあまり開かない生徒手帳は安全な隠し場所なのかもしれない。本物を見る機会の多い私にはこの写真はあまり必要ない。やっぱりしばらくここに挟んでおこうと、生徒手帳を閉じかけた。

「俺だね」

不意にすぐ横から聞こえた声に飛び上がってしまった。驚きすぎて文字通りお尻が椅子から少し浮いて、中腰のまま振り返る。辰己が私が元いた位置で手元を覗き込むような体勢でそれを見ていた。

「懐かしいなぁ。文化祭のときのだよね?」
「えっと、あの、これは……」

まさか本人に見られるなんて思ってもみなかった。こんな、タイミングよく辰己がやってこなくたっていいのに。彼が部屋に入ってきたことにもまったく気が付かなかったし、こんなにすぐ後ろに来ていたこともまったく気が付かなかった。どれだけぼんやりしていたのかと迂闊な自分を叱りつけたくなった。

「このときは栄吾が陶芸部の体験教室にはまってしまってね。後日別の陶芸体験にも行っていたよ。電動ろくろが楽しかったって話していたなぁ」
「そうなんだぁ。結構どこの部も出し物凝ってたよね」

辰己の話は写真そのものから文化祭の話に逸れていっている。もしかしたらこのまま誤魔化せるかもしれない。適当に辰己の話に相槌を打ちつつ、こっそりと生徒手帳を閉じようとしたけれども「ねえ」と言う声とともにその手を辰己に掴まれてしまった。驚いて顔を上げるとじっとこちらを見つめる辰己の瞳があった。

「俺も好きだよ」

その言葉に反射的にドキリと心臓が鳴ったけれども、すぐには何のことか分からなかった。「これ」と視線を彼が下に落として初めて、この辰己の写真を持っていることに対する言葉なのだと気が付いた。

「こうやって大切そうに俺の写真を持ってるってことはそういうことかなって思ったんだけど、自惚れだったかな?」

辰己の写真を持っていること自体に意味を込めてはいなかったけれど、後半は当たっている。それにきっと辰己以外の別の人の写真だったなら、いくら友達に押し付けられたと言ってもこんな風に挟みっぱなしにはしなかっただろう。

がこういう写真を持つなんて少し意外だったけど、嬉しかったんだ」

そう言って辰己がふわりと笑う。確かにこんなことするなんて私らしくない。友達に半ば押し付けられたのだから当たり前だ。――けれども、私はこれからもっと私らしくないことをしようとしている。

「あの、これは……」
「うん」

ただ一言『辰己のことが好き』と本当のことを言うだけなのに、彼のようにすらすらと言葉が出てこない。彼に掴まれたままの手を振りほどいて引くことも出来ずに視線を落とすと、写真の中の辰己がそこでも楽しそうに笑っていた。

2017.12.12