「お姉ちゃん綺麗だったね」

昼間の花嫁の姿を思い浮かべるとため息のように口から言葉が出てくる。

辰己家の親類である彼女から結婚式に招待されたときはびっくりした。彼女が結婚することに驚いたわけではない。それがあまりにも急だったからだ。今週末に結婚式をするから予定が空いてたら来て、なんて言われれば誰でも驚くに決まっている。彼女は持ち前のパワフルさで、ほんの少しの親類と極々親しい友人だけの小さな式とはいえ数日で準備したらしい。

「うん、まるで別人みたいだった。中身は変わらずエネルギーに満ち溢れた人だったけどね」

隣を歩く琉唯がくすりと小さく笑う。

彼女とは少しだけ年が離れているけれども、琉唯とともによく一緒に面倒を見てもらっていたのだ。中学三年のときは彼女の母校を受験するので勉強を見てもらったり入試のアドバイスをもらったり、そのあともちょこちょこと連絡は取り合っていて、まるで妹のように可愛がってもらっていた。だから親類でも、親しい友人でもない私を今日の結婚式に呼んでくれたのだろう。

世界で一番しあわせな私の姿を見に来て、と電話口から聞こえた声は未だに私の耳をくすぐる。

連絡をもらった当初はもしかして結婚詐欺にでもあっているのではないかと不安になったけれど相手は数年付き合っている人らしく、ウェディングドレスに身を包んで花婿さんの隣で微笑む花嫁の姿は彼女の言葉通り本当にしあわせそうだった。

「今日は何もかもが素敵な一日だったなぁ」

未だに余韻が抜けない。式が終わったあと大人たちに混じって料理をいただいていたが、栄吾くんは学校に戻る準備をするからと先に帰ってしまった。いつの間にか日の暮れが早くなっていて『俺たちも帰ろうか』と琉唯が言ったときには西の空に橙色がほんのかすかに残るだけだった。

「琉唯のそれも」

彼の手に持っているものを指して言うと琉唯が少しだけ眉を下げて笑う。

「これ、俺が受け取っちゃって良かったのかな」

白い花たちが束ねられた小ぶりな丸いブーケは琉唯の胸元に抱えられ、彼が歩くのに合わせて揺れていた。

花嫁の手から投げられたそれは、秋晴れの空に舞ったあと綺麗な弧を描いて琉唯の手元に収まった。まさか自分の元に飛んでくるとは思っていなかったのか、琉唯は二三度目を瞬かせて手の中にあるブーケを見つめていた。

「でも、本当にしあわせをおすそ分けしてもらったみたいで嬉しいな」

そう言って琉唯が微笑む。ふわりと花の香りがここまで届いたような気がした。

ブーケトスというと未婚の女性が受け取ると次の花嫁になれるというジンクスのイメージが強いけれども、元々はヨーロッパの結婚式で参列者へしあわせのおすそ分けとして始まったものらしい。今回もそういった意味合いを持たせたウェディングイベントとして参列者全員へ向けてブーケが投げられたのだ。

私もそういうものに憧れはあったのだけれど、自分の隣に立っていた琉唯が幸運を受け取ったということには妙に納得してしまった。

「小さな教会での結婚式も良いね」

今日のことを思い返しているのだろう。琉唯が前を向いたまま目を細める。

「ねえ、はどう思う?」
「私は――」

こんな質問を投げかけられるなんて正直予想外のことだった。イメージがはっきり像を結ばないうちに口を開いてしまったのに、琉唯が「うん」と相槌を打って先を促す。

「ウェディングドレスも良いけど白無垢も憧れるし、お色直しで色んなドレス着たい気もするし……」
「ふふ、欲張りだなぁ」
「だって具体的になんかまだよく分かんないよ」

指を折って希望を挙げる私を見て琉唯がくすくすと笑う。そもそも相手から探さなければならないし、私は高校生で、結婚なんてまだまだ先の話なのだ。欲張りでも、夢を見てもいいじゃないか。

「まぁ、今すぐ結婚するってわけじゃないからね」

言いながらも彼の唇からはまだ小さな笑い声が零れている。それに合わせて彼の持つブーケも、ふわりと一緒に笑うように揺れた。

2017.10.23