向こうで皆のはしゃぐ声と波の音が聞こえる。

砂浜の向こうで海の青がきらきらと太陽の光を反射させている。他の皆は砂浜でビーチバレーをやると言ってビニールのボールを持って駆けていってしまった。対抗戦で負けたチームには罰ゲームをつけようなどと話しながら。それを聞きながら私は準備にもたもたしているふりをしてわざとその場に残っていた。ちらりと横を盗み見ると辰己は皆が駆けていく様子を眺めているだけで、それについていく気配はなかった。

「辰己はビーチバレーやらないの?」
「俺はいいや。そう言うは?」
「……私も、ここで見てようかな」

少しの下心があったことは認めよう。辰己が残るのなら一緒にいたいという下心が。運良く私と辰己以外のメンバーは全員行くようで、パラソルの下には結局私たちふたりだけが残った。

海の家で買ってきたドリンクも最初はよく冷えていたはずなのに、今では少しぬるくなってしまっているような気がする。人ひとり分のスペースを空けて隣に座る辰己が気になって、正直ドリンクの温度どころか味まで分からなくなってしまいそうだった。辰己は後ろに手をついて足を投げ出して座っている。その何をするわけでもない様子に何か話しかけた方がいいのだろうかとか、辰己もきっと暑いだろうからカキ氷でも買ってこようかとか考えて、「辰己」と名前を呼ぼうとしたところでそれに彼の声が重なった。

「やっぱり俺たちも泳ぎに行こうか」

辰己が突然そう言って立ち上がり、パーカーを脱ぐ。ビーチバレーに参加するんじゃないんだと思っているうちに「も」と私が肩に掛けていたパーカーを落とされ手を引かれた。辰己にぐいぐいと引かれるままに立ち上がらされてパラソルの外に出ると久しぶりの直射日光が目に痛かった。

「これ持って」

そう渡されたのは白い大きな浮き輪だ。着いたときに皆浮き輪やらボートやらを沢山膨らませたからそのひとつだろう。受け取るとまだ新しいビニールの匂いがした。

小さい頃は海に来ても本気で沖まで泳ぐ遊び方をしていたから、こんな大きな浮き輪を使ったことがないななどと考えている間にも辰己は砂浜を進んでいってしまうものだから、ぼんやり考え事なんてすぐに出来なくなった。うっかりすると砂に足を取られそうだ。大きな浮き輪は辰己に手を引かれている今、片手で持つしかなくて、それも足に当たって歩きづらい。

「辰己の浮き輪は?」
「え? 俺の分はいらないよ」

私の声にちらりとこちらを振り返った辰己の口元は半分笑っていた。そうしているうちに波打ち際に到着して、パシャパシャと少しだけ冷たい水が足を濡らす。砂浜の熱さから解放されたのを喜んだのもつかの間、今度は波に足を掬われそうになるので先ほどよりもさらに歩くのに集中しなければならなかった。

「はい、座って」

水が膝あたりまできたところで浮き輪を辰己が私の手から取って水に浮かべる。座ってってどこにと思っている間に肩を押されて浮き輪に座らされてしまう。

「えっ、ちょっと待って、辰己!」

一度座ってしまうとお尻が嵌ってなかなか抜け出せないのを良いことに辰己はどんどん浮き輪を押して沖へ出ていく。彼の体がどんどん海に埋まっていく。辰己が泳ぐ速度は案外早くて、私一人分を浮き輪ごと押しているというのにあっという間に波の崩れる箇所の向こう側まで連れていかれてしまった。

波が来るたびにふわりと体が浮く感覚がする。ここ数年海に来ていなかったので久しぶりのその感覚にもいまいち慣れることが出来ない。しかも体を自由に動かせないこの状況は普段よりもずっと緊張した。辰己が押さえていてくれているから波に攫われて転覆なんてことはなさそうだけれども。

「暑くない?」

同じ浮き輪に掴まって浮きながら辰己がそう尋ねてくる。乗せられた彼の腕が波に揺れるたびに触れるのでそればかりが気になって仕方がない。避けようにもこちらは身動きが取れないし、かといって下りるためにわざとバランスを崩して頭から海に落ちるのも躊躇われた。

「あ、あつい……」

じりじりと照りつける太陽と、辰己の体温と、無駄に働く私の心臓のせいだ。熱さにやられてつい素直に答えると辰己は私の返事ににっこりと笑顔を作った。その笑顔にまたくらくらと頭をやられていると、パシャリとお腹に水が掛かった。

「ちょっと、辰己……!」

私の慌てた声も無視して、まるでいたずらっ子みたいな表情でさらにパシャパシャと手で水を掬っては私に掛けてくる。私が水に浸かっている部分が少ないから暑さにやられないようにと思ってくれたのだろうけれど、こっちの熱はさらに上がりそうだった。

「ふふ」

辰己が楽しそうに笑い声を零す。水の滴が掛かった彼の髪はきらきらと陽に透けてきれいだ。海の青と太陽のコントラストの強い光に照らされる彼は何だか現実のものじゃないみたいだった。辰己とこんな風にふたりきりで海で遊んでいるなんて夢だと言われてもきっと納得してしまう。

「何だか眩しいなぁ」

そう言って辰己が目を細める。今年の夏は特別太陽の色が濃い気がする。

2017.07.17