何故か今辰己くんの隣を歩いている。

足元がふわふわする心地がした。「散歩にでも行こう」と言って誘われただけでも私は舞い上がってしまいそうだったのに、連れてこられたのが綺麗な花の咲く庭園だったからだ。お伽話に出てきそうなその庭園は辰己くんにとてもお似合いで、まるで夢でも見ているんじゃないかと思うほどだった。

「今日はあまり暑くないし気持ち良い陽気だね」
「そうだね」

一歩分だけ前を歩く辰己くんの髪がきらきらと夏の陽に透けている。その向こうには生垣のくっきりとした緑とやわらかい色の花弁が彼を縁取っている。彼の半袖から伸びる腕が眩しくて、私は思わず目を逸らしてしまった。辰己くんは暑くないなんて言ったけれどそれは嘘だ。今日はこんなにも暑いのに。

?」

わざとらしく視線を逸らしすぎたのだろう。辰己くんがそれに気が付いて私の名前を呼ぶ。辰己くんが立ち止まるから一歩分が埋まって、先ほどよりも距離が近くなってしまった気がする。視線を俯かせているからはっきりとは分からないけれども、辰己くんの気配が近い。

「あまり気に入らなかった? こういうのはの趣味に合うと思ったんだけれど」

歩き始めてからすっかり口数の減ってしまった私をずっと不審に思っていたのだろう。応えなきゃと思うのに心臓がうるさくて、庭園のコントラストが眩しくて、もう顔を上げられる気がしないのだ。夏の陽がジリジリと私の首の裏を焼く。

「綺麗な庭だったから」

辰己くんのひどくやわらかい声が降ってくる。私がこういうお庭が好きだろうと辰己くん思ってくれたことが嬉しい。初めてこの庭を見たあとに私のことを一瞬でも思い出してくれたのだとしたらこんなに嬉しいことはないのに。その気持ちを伝えきる言葉を私は持っていないのだった。どんなに言葉を重ねても足りない気がしてしまうのだ。

さらりと心地の良い風が私たちの間を吹き抜ける。葉や花が互いに掠れて小さな音を立てる。息を吸い込むと草木の匂いする。

「辰己くんの方が綺麗だよ」

顔を上げると辰己くんの綺麗な色の瞳がじっとまっすぐにこちらを見つめていた。どこからか噴水の水の音が聞こえてくる。きらきらと美しい庭園にいる辰己くんはまさしく王子様だった。

2017.06.17