「もう日も暮れるし送るよ」

そう辰己くんに言われて、当然送ってくれるのは申渡くんだと思っていた。少し前になるけれど、以前来たときは同じように「日が暮れるから」と辰己くんが言って、申渡くんが駅まで送ってくれた。その前は虎石くんだった。それなのに今回は当然のように辰己くんが立ち上がって扉を開けるので驚いた。まるでいつもそうしていたかのように。

「えっ!」
「どうかした、?」

さらには申渡くんも当然のように椅子に座ったままで立ち上がる気配すらないものだから、私が彼らふたりの体と精神が入れ替わってしまったのではないかと疑ってしまったとしても仕方がないと思う。それくらい、これまで申渡くんが送ってくれることが自然で、そして辰己くんはいつもその場で見送ることがあまりにも自然だったのだ。こんな風に辰己くんがエスコート役に名乗り出るだなんて、期待したことすらなかった。

「た、辰己くんが送ってくれるなんて珍しいね?」
「そうかな」
「前は申渡くんが送ってくれたのに」
「あのときとは少し事情が変わってね」

事情? まさか本当にふたりは精神が入れ替わって――?

そんな馬鹿なことを考えていると辰己くんがまるで私の頭の中をのぞいたかのように「ふふ」と笑う。まさか辰己くんでも私の心の中身を透かして見ることは出来ないと分かっているけれどもドキリとする。彼の笑い方はいつもの辰己くんそのものだ。

「申渡くん、もしかして体調悪いとか? どこか怪我して――」
「そういったことはないのでお気遣いなく」
「そんなに俺が送るのはおかしいかな? 俺より栄吾の方がいい?」

そう言って辰己くんが私の顔を覗き込む。翠眼の瞳にまっすぐ見つめられるのは心臓に悪い。その瞳から逃げるようにグッと身を引くと、また辰己くんが少しだけ笑う。こうして目を見て尋ねられると、聞かれていない心の奥底にしまっていたものまで話してしまいそうになる。

「でも辰己くんはインドア派だし」
「こういうのにインドア派もアウトドア派もないんじゃないかな」

辰己くんの言うことは正論だ。人を迎えに行くのにインドアもアウトドアも関係ない。けれども私の中で辰己くんがこういうことをするイメージがなかったのも事実で、どうにも落ち着かない心地がするのだ。辰己くんは姫だしとか、私なんかより辰己くんの一人歩きの方がよっぽど危ないんじゃないかとか、辰己くんが一人で街中を歩いていたら綺麗なお姉さんに逆ナンされてしまうんじゃないかとか、色んな理由付けが頭の中を駆け巡る。

「来るときも校門まで俺が迎えに行ったと思うんだけど」
「でもあれはたまたま近くの校舎に用事があった帰りだって……」
「用事があったのは本当だけどね」

行きだってまさか辰己くんがやってくるとは思わなくて私の心臓は危うく止まりかけたのだ。全く油断していて、前髪を整えることすら忘れたことをものすごく後悔した。たまたま近くに辰己くんがいたのは運が良かったのか、悪かったのか。ひどく驚きはしたがきっとそういう日もあるだろうと、そのときは自分を納得させたのだけれども――

「俺が迎えにいきたかっただけだよ」

そんなことを言われると途端に分からなくなってしまう。私が彼の言葉を飲み込めないでいるうちに辰己くんは私の右手をぎゅうと握って、また私の瞳を覗き込む。辰己くんは以前からこんなに他人との距離が近い人だっただろうか。少なくとも私はこれまで辰己くんにこんな風に手を握られたことも、視線を合わせるようにして見つめられたこともなくて、慣れないことに脳みそが全くついていかない。ぱちぱちと間抜けな瞬きを繰り返すと、辰己くんはその様子を見てまた小さく笑うものだから、私の体で心臓だけが他よりもずっと早く動いているようだった。

「ね、そろそろ行こう」

振り返って見ても残りの面子は皆私と目も合わせようとしない。もたついている私に、辰己くんがグイと手を引いて先を促す。思ったよりも強く握られた手ばかりに意識がいってしまって、このままではこの先駅までに心臓が壊れてしまいそうだと思った。

2017.05.11