夕飯の買い物のためいつものお惣菜屋さんに寄る。

ここは私のお気に入りのお惣菜屋さんで、気が付くとここのところずっと通ってしまっている。色んなものを少しずつ自由に選べるのも理由のひとつだった。――それと、ここに通う理由がもうひとつ。

たっぷり時間を掛けて悩んだあと、最後のお惣菜をトレーに取り分けようとしたちょうどそのときだった。お店のドアが開く音がして振り向くと、入り口にふたりの男の子の姿があった。

「こんばんは」
「申渡くん! こんばんは」

いつものように挨拶を返せば申渡くんが頷く。

「よぉ子猫ちゃん」
「今日は虎石くんも一緒なんだね」
「“今日は”?」
「最近毎日申渡くんとここで会うんだよ」
「へーえ?」

そう言って虎石くんが申渡くんに意味ありげな視線を向ける。けれども申渡くんはその視線に気付いていないのか無視しているのか黙々とお惣菜を取り分けている。申渡くんが選ぶものは彩りも良く、全体の栄養バランスも整っているように思える。

人が選んでいるのを見ているとやっぱりこっちも食べたかったななどと思ってしまっていけない。残念ながら私のトレーにはこれ以上盛り付けるスペースはない。これ以上は絶対に食べすぎだ。彼が選んでいたものは明日のおかずにすれば良いと自分に言い聞かせた。

「そちらもおいしそうですね」

ひょいと申渡くんが私の手元を覗き込む。急に近付いた距離と、同じようなことを考えていた事実にドキリとする。申渡くんは私が選んだお惣菜のひとつをさっと自分のトレーに乗せる。そんな小さなことすら嬉しく思ってしまう。

「へーえ?」

その様子を見ていた虎石くんが珍しくなんだか含みのある笑い方をする。その顔に少しだけ居心地が悪くなる。

顔が熱い自覚はある。もしかしたら虎石くんは何か勘付いてしまったかもしれない。その視線から逃れるようにレジに並んで会計をしてもらう。お金をカウンターの上に出していると、もう選び終わったのか申渡くんも隣に並んだ。

「ヒューヒュー、好きなんじゃねえの?」
「えっ、ちょっと、虎石くん!?」

何言ってるのと勢いよく振り返ってしまってから店内に自分の声が響きわたっていることに気が付いた。慌てて声のトーンを落とす。運良く今客は私たちしかいないが、カウンターの向こうには店員さんもいる。

「こんな毎日会うなんて単なる偶然とは思えねえ」

そう言って虎石くんが申渡くんへ視線を向ける。私がこの時間に申渡くんによく会うことに気が付いてから出来るだけ毎日同じ時間に来るようにしているのは本当のことだった。――彼の言う通り、これはもう偶然とは言えないのだ。

「三十円のお返しです」

店員さんの言葉に自分が会計中だったことを思い出す。俯いたまま反射的に右手を出す。目の前の店員さんにどんな風に見られているのか恥ずかしくて顔を上げられない。申渡くんがどんな表情をしているかは知らないが、私の顔は間違いなく真っ赤に染まっているのだ。

さん、会計は終わりましたか? さあ、行きましょう」
「えっ、でも……」

虎石くんはまだ選び終わっていなくて、トレーは未だ空だったはずだ。一緒にきたのに置いていっても良いのかと虎石くんの方を見たが、申渡くんは一瞥もくれなかった。虎石くんも気にしていないのか笑顔でこちらへひらひらと手を振っている。

申渡くんに促されて外に出ると、後ろで自動ドアの閉まる音がする。

「もう日も暮れています。家まで送りますよ」

先ほどの虎石くんの言葉に彼が何も言い返さなかった意味だとか、今日に限ってこんなことを言い出す意味だとか、そんなことをぐるぐる考えて素直に「ありがとう」の言葉が出てこなくなってしまった。

外に出たはずなのに、今申渡くんとふたりきりなのだという意識が強くなる。

私が答えられずにいる間に、彼は私の買ったお惣菜の袋をするりと手から取ってしまう。そうして今晩の夕食を人質に取られた私は「さあ」と先を促す申渡くんの隣に並んでゆっくり歩き出すしかなかった。

2019.06.09