ソファーの上にはハチワレ模様の猫が一匹。

猫はクッションの上で体を丸めて、ぺろぺろと前足を毛づくろいしていた。茶色っぽくも見える毛がちょうど額から目のあたりで模様が割れている。私の気配に気が付いたのか、顔を上げた黄色っぽい瞳と目が合う。その前髪のような模様と目の色にはどこか見覚えがあるなと思ったところで、この部屋の家主の顔が重なった。

「さ、さわたりくん!? そんな、まさか、経験値上げのために猫に……?」
「にゃ〜ん」
「さわたりくん……!」

猫が返事をした!

いくら申渡くんが好奇心の強い人だとしも、まさか猫になってしまうなんて。一歩ずつそっと近付いて顔をよく見ると、綺麗な形をした目はとても賢そうで、やはり見れば見るほどこの猫は申渡くんなのだと――

「そんなわけないでしょう」

後ろから聞こえた声に軽く飛び上がるほど驚いてしまった。勢いよく振り返れば、両手に猫缶とお皿を持った人間姿の申渡くんが立っていた。

「確かに猫になるだなんて、得難い経験だとは思いますが」
「あ、あれ? 申渡くん?」

もう一度ソファーの方を見ると、先程と同じようにクッションの上で猫が毛づくろいを再開させている。今度はお腹の毛を舐めるのに夢中なようだ。丁寧に何度も同じ箇所を舐めている。

「毎度きみの突飛な発想には驚かされます」

そう言って彼は溜め息を吐いたあとに、こちらを見てちょっとだけ笑う。

「それにしたって、私が猫に、ですか?」

彼はまたふふと笑い声を漏らしながら、床に皿を置いて手際良く猫缶をその上に開けていく。「どうぞ」と猫に差し出せば、ハチワレにゃんこは毛づくろいをやめてソファーから優雅に飛び降りた。

猫はお皿に顔を近付けて、ふんふんと餌の匂いを嗅いでいる。毛並みの良い猫ちゃんだし、ごはんの好みもあるのかしらと思ったけれど、それは心配しすぎだったようだ。ちょっとこちらを見てからごはんを食べ始めた。

「だって、申渡くんがいないし、代わりによく似た猫だけいるし」
「この猫は昨晩玄関でびしょ濡れになって震えていたので保護したのです。幸い、首輪の裏に住所が書いてあったので連絡したところ、夕方迎えに来てくださるそうです」

ごはんを食べるのを止めて顔を上げた猫の頭を申渡くんが撫でる。助けてもらって懐いたのかごろごろと喉を鳴らす小さな音が聞こえた。

「飼い主が迎えに来るまでの短い時間とはいえ、猫の世話が出来るなんて貴重な経験です」

申渡くんが撫でる手を止めると、猫が今度は私の方に顔を向けてふんふんと鼻を上下に動かす。じっとしていると何かの確認が終わったのか、体を擦り寄せてきた。

「もちろん、自分が猫になる、という経験ほどではありませんが」

そう言って彼がこちらを見て、少しだけいたずらっぽく笑う。

「もう、忘れてってば」

恥ずかしさを誤魔化すように猫の首周りを撫でてやると、ハチワレ猫は「にゃ」と満足そうに鳴いた。

2019.02.22