「ここに置いといた私のおやつがない!」

テーブルの上に二つ置いていたはずのお菓子が一つだけ綺麗になくなっていた。確かにここに置いたはずなのに。

お菓子から足が生えて勝手にどこかに行くわけがないのだ。

パッと顔を上げると、それまで帳簿の確認をしていた申渡さんが目を丸くしてこちらを見ていた。どこか表情も青ざめているように見える。

これでは私が名探偵でなくたって、犯人が分かってしまう。

「申渡さん食べたでしょう!」
「食べてません」
「うそつき!」
「食べてません!」

絶対食べたのに、申渡さんは何故か嘘を吐く。

彼が何かを訴えるかのように私を見るけれども、私にはそこから何かを汲み取ることは出来なかった。

「だって申渡さんしかいないじゃないですか! 戌峰さんはさっき厨房にいたし!」

仮にも超一流老舗旅館である柊庵で働く人間は躾が行き届いている。板前のくせに厨房の食材を勝手に食べる癖のある戌峰さん以外に誰のものとも分からないお菓子を食べる人なんていない。

それにここは主に申渡さんが仕事場にしている部屋だ。恐らく私と入れ違いに帰ってきた申渡さんだけがこの部屋にいたのだし、どう考えても彼が一番怪しい。

どうせ二個あるからいいと思ったに違いない。

「女将から最近よく頑張っているねってもらったお菓子だったのに! 今日は特別だよってせっかく二つもらえたのにー!」

半刻ほど前、突然女将に呼び止められたときは何か粗相をしてしまったのかとひやひやしたのだけれど、女将はにこりと綺麗に微笑んで私の仕事ぶりを褒めてくださった。そうして私に手を出すよう促すと、ころんと手のひらに千代紙で包まれたお菓子を乗せてくれたのだ。

それをたった十分程度テーブルの上に置きっ放しにしただけで食べられてしまうだなんて。

あの仕事に厳しい女将からご褒美にともらった大切なお菓子だったのに。綺麗な包みのそれを休憩時間に開けて食べるのを楽しみにしていたのに。

「申渡さんのバカーー!!」
「ま、待ってください!」

勢いに任せて、大きな音が鳴るのも構わず戸を開けて部屋を飛び出る。予想外にも後ろから申渡さんが追ってくる足音が聞こえたので、私はさらにスピードを上げなくてはならなかった。

「こら、! 廊下は走らない!…… って番頭さん!?」
「ま〜た痴話喧嘩か?」

私の面倒を見てくれる仲居さんの驚く声や、庭から窓に身を乗り出してこちらを見ている庭師さんのからかう声が聞こえた気がしたけれど、全部無視して廊下を駆け抜ける。

「女将に言いつけてやるー!」と叫べば、「それだけはやめてください!」と後ろからひどく焦った声がした。

追いかけっこの末、申渡さんに捕まった私が暴れているところを女将に見つかって怒られるのは数分後の話。

2019.02.05