「みかん食べたいなぁ」

そう言ってみると申渡くんは一度こちらを見たあとに、私がこたつから手を出す気配がないことを悟ったのか、籠の中に積んであるみかんの山に手を伸ばした。

「まったく、仕方ありませんね」

彼がみかんの皮を剥いてくれている様子を私はわくわくした気持ちで眺めていた。テレビはちょうどコマーシャルに切り替わり、聞き慣れた音楽が耳に入ってくる。

栄養が詰まっているからという理由で筋がある程度残されたみかんを分けて、彼が一房手に取ったのを見てから、軽く口を開けた。

けれども、それがそのまま私の口の中に入ってくることはなかった。目の前に新しいティッシュが敷かれて、その上に一房、また一房とみかんが並べられていく。

――そういうことじゃなかったのに。

仕方がないので意を決してこたつから手を出し、籠から別のみかんを取ってひとつ剥く。すぐに剥き終わると一房分けて彼の口の前に持っていった。

「あーん」

ちゃんと声を掛けたのに、申渡くんは口を開けてくれなくてそのままみかんは「むぐ」と彼の唇にぶつかってしまった。ぱちくりと彼が瞬きを繰り返してこちらを見る。こういうことはまったく予想していなかったらしい。

もう一度「あーん」と言うと今度はぱかりと彼の口が開いた。

「おいしい?」
「……甘い、です」

その答えに満足して、自分も申渡くんが剥いてくれたみかんを食べようと、並べられたそれに手を伸ばすと、彼にその手を掴まれる。驚いて顔を上げると、まっすぐにこちらを見る申渡くんと目が合った。

「口を開けてください」

「あーん」という言葉とともにみかんが口元に近付けられる。私がやってほしかったことに気付いたのだろう。きちんとやり直してくれることを嬉しく思うのと同時に、自分の番はもう終わったと思っていたので、改めてやられると何だか恥ずかしい。

意を決して口を開くと、そっとみかんが唇の上に乗せられた。

2019.01.22