「えーご、見て! 雪が降ってる!」

がらりと窓を大きく開けて、そこから軽く身を乗り出す。冬の朝の澄んだ空気がこちらへ一気に流れ込んできた。

手を伸ばすと真っ白な雪が舞い落ちる。手のひらの上に落ちたそれは、すぅっと一瞬で溶けて水になってしまった。一瞬の出来事だった。雪の冷たさを感じるよりも先に外の空気の冷たさの方がチクチクと肌を刺す。

「今朝は冷え込みましたからね」

そう言って栄吾が隣に立つ。部屋が冷えるでしょうと咎められると思ったのだけれど、彼はカーディガンで私の肩を包んだだけだった。栄吾自身は薄着のままだというのに。彼のそういう姿を見ると、私は早く窓を閉めてあたたかな部屋に戻らなくてはという気になる。

「あまり長くいると風邪を引いてしまいそうです」

雪が溶けて濡れた私の手を、彼が包み込んで引き戻す。彼の手のひらはあたたかくて、触れられた箇所がじんと痺れる。

栄吾の手が冷えてしまって申し訳ないなと思うのだけれど、彼からこうして分け与えられるものが心地良くて、何も言えなくなってしまう。私が『栄吾』と名前を呼べないでいる間に、彼の私の名前を呼ぶ声が静かに冬の朝の中に溶けていく。

「綺麗ですね」

地面にひとつ、またひとつ、雪がひとひら落ちては白で埋めていく。ゆっくりゆっくり世界が白ばかりになる。

「積もるかな」
「予報では雪が降ったとしてもすぐに止むと言っていました。きっと今だけでしょう」

積もってしまってはこれから出掛けるのに困るだけだというのに、何だか少し勿体ないような気がしてしまった。雪が降る景色は今まで何度も見てきたものだというのに。

ほぅと溜息をひとつ吐くと息が真っ白に染まっていた。それを見た栄吾が、私の手を握る力を強くする。隣の彼を見ると、彼の唇からも白い息が漏れていた。

「そろそろ戻ろっか」

私がそう言えば、彼が私へ視線を向ける。いつもこういうことを言うのは栄吾の方だから、私の言葉を意外に思ったのかもしれない。「そう、ですね」と言う彼の少しだけさびしそうな声が聞こえる。

風が雪を舞い上げ、ひとつの小さな白が彼のやわらかな髪に落ちた。

2018.12.31