「私もまたひとつ歳をとりました」

私がお誕生日おめでとうという言葉とともにプレゼントを手渡せば、彼は丁寧にそれを受け取ってお礼を述べたのちに、そう言った。まるでおじいさんみたいな言い方だ。

吹き抜ける澄んだ秋の風が心地良い日だった。冬の近付きを感じさせる気温だったけれど、日向はまだあたたかい。赤く色付いた葉が一枚ひらりと落ちる。

「これでしばらくきみと同い年ですね」

そう言って彼がふふと笑みを零す。ここ数年、栄吾は誕生日を迎える度に毎回このことをひどく嬉しそうに言うのだ。結局、出会ったときから私が栄吾の一つ年上であることは変わりないのに。

「私の誕生日が来るまでの間だけね」
「それでも同い年は同い年です」

いつもなら私が少しお姉さんぶればすぐ不機嫌を覗かせるくせに、今日ばかりはそれくらいでは彼の上機嫌を崩せはしないらしい。この間は先輩だからと私がジュースを奢ったら、ずっと不満そうにしていたのに。

もっとも、好んで彼の機嫌を悪くさせたいわけではないのだから、彼が上機嫌であることに対して何か不都合があるわけではないのだけれど。

「ですから、今日はきみの好きなところへ行きましょう」
「今日は栄吾の誕生日でしょう?」
「ええ。でもプレゼントはもういただきましたから」

ひとつプレゼントを渡しておしまいだなんて、そんな誕生日聞いたことがない。今日一日一緒にいる時間くらいは目一杯祝われるべきだ。そう思うのに、栄吾はもうすでに「この間きみが言っていたスイーツ店などはどうでしょう」とそこへ行く気満々なのだ。

「こういうのって普通祝われる側の希望を聞くものじゃないの?」
「私はきみが行きたいと思う場所へ、きみを連れて行きたいのです」

同い年になったので、と彼がまたひどく満足そうに言う。それとこれとがどう関係するのか全く分からない。栄吾らしくない飛躍だ。きっと、彼はそれを私に説明する気もないのだろう。

「それとも、このプレゼントときみの今日一日以外にも、他に何かくれるのですか?」

そう言って栄吾が目を細める。その表情からは栄吾が何を期待しているのか分からなくて私がぐっと言葉に詰まると、栄吾が「ふふ」と笑い声を漏らす。

――やっぱり少しだけ面白くない。

「ほら、行きましょう。今日はやりたいことが沢山あるのです」

そう言って栄吾が待ちきれないというように先を歩き出す。追いついて隣に並べば、私に合わせて彼の歩調がゆっくりになる。そのことに今さら気が付いてしまって、胸のあたりがむずむずとした。

「栄吾になら、何でもあげる」
「きみの、その気持ちだけで十分ですよ」

私が向きになって言葉を返すことが分かっていたのか、栄吾が落ち着いた声で言う。

年上ぶって言っただけじゃない。栄吾になら何でもしてあげたいというのは、本心だったのに。

「ありがとうございます」

けれども、それすらも分かっているかのようにひどくやわらかい声で彼はそう言って、私の方を向いて微笑む。

今日は何だか私だけが、調子を狂わされてばかりいる。

2018.11.28