いつも必ず私よりも先に待ち合わせ場所にいる栄吾の姿が今日は見つからなかった。ぐるりと待ち合わせ場所を回っていると何だか楽しそうな女の子の声が聞こえた。思わずそちらを見ると、小さな女の子と、その前に目線を合わせてしゃがみ込む見慣れた頭を見つけた。

「ほんとーに、おうじさまみたい!」
「そうですか? ありがとうございます」

そう言って小さな女の子は栄吾の頭に手を伸ばして彼の前髪のあたりを撫でる。きっと彼女が大人から褒められるときによくそうされるのだろう。女の子はにこにこと満足そうな表情だ。

知り合いなのか声を掛けて良いものなのか分からずに数歩分距離を置いて様子を見ていると、隣で電話をしていた女性がその女の子の手を取って「すみません」とぺこぺこと恐縮そうに頭を下げた。

「えーごバイバイ!」
「はい、さようなら」

そう言って女の子に手を振る彼に「栄吾」と声を掛けると、「」と彼がこちらを見上げる。目が合って、彼がその先を続けようとした瞬間、遠くから『バイバーイ!』と言う大きな声が聞こえて、彼はまた視線を正面に戻して彼女に手を振る。

「名前呼ばれてたけど、知り合い?」
「いえ、今さっきここで会った女の子です。彼女のお母さんが電話している間だけ、私とお喋りしてくれていたのです」

栄吾が小さい子に懐かれているところを始めて見た。待っているのに飽きた彼女の隣に立っていたところを話しかけられたのだろう。小さな女の子と目が合って、微笑みかける栄吾が目に浮かぶ。

「王子様みたいだって言われてたね」
「聞こえていましたか。あまりそういう風に言われることがないので何だか新鮮な気持ちでした」

中学のときは『ナイト』というあだ名だったから『王子様』と呼ばれることはあまりなかったのかもしれない。しかし『ナイト』も『王子様』も、何となく栄吾のどの部分を表現したいのか分かる気がする。――それは多分、私の贔屓目だけではないはずだ。

「確かに栄吾は結構王子様っぽいとこあるよね」
「おや」

思ったことをそのまま口にすれば、驚きを含んだ声で栄吾がしゃがみ込んだまま、こちらを見上げてぱちぱちと瞬きをする。見慣れない角度のせいか栄吾の表情が何だか幼く見えて、心の奥がむずむずと落ち着かない。先ほど女の子がしていたみたいに栄吾の頭を撫でてみたい気持ちがほんの少しだけ湧き出てくるのを押さえつける。小さな女の子と遊んであげていたことといい、しゃがみ込んだままこちらを見上げていることといい、今日は彼の普段見られない部分を見てしまっているような気がする。

栄吾のまるい瞳に私の姿が映っている。その目が不意に細められた。

「きみにそう思ってもらえていたなら嬉しいです」

そう言って彼は立ち上がりながら、すっと私の右手を掬い上げる。いつもと同じ目線で目が合って、今度は私が瞬きを繰り返す番だった。

――例えば、そうやって自然な仕草で人の手を取るところだ。

「では、行きましょうか」

するりと指が絡められる。多分、栄吾はわざとやっているに違いない。

さっきは少しだけかわいらしくも見えたのに。そう思って、ちょっとだけ恨めしい気持ちを込めて彼の顔を見上げれば、いつもと変わらない表情で微笑みかけられる。

絶対にわざとだと分かっていてもどうしようもなく恥ずかしくなって、私は俯いて彼の手をきゅっと握ることでしか返事が出来なかった。

2018.07.24