学校からの帰り道、うちの高校の最寄りではあまり見かけないその制服は、駅の人混みの中でも目立っていた。その横顔も私が見間違えようもない人のものだった。
「申渡くん?!」
私の声に、こちらを向いた彼はふわりと微笑んで「」と私の名前を呼ぶ。昨日までとは違ったその響きに慣れずに、急に熱くなった顔を隠すように俯いた。
「どうしたの、こんなところで。珍しいね」
うちの高校の周りには大きな施設もなく、申渡くんの行きそうなお店も特に思い当たらない。私が知らないだけで、何か有名なお店か何かを申渡くんは知っているのかもしれない。もし申渡くんが何度かここへ足を運んでいるのだとしたら、もったいないことをした。
軽く後悔しながら一体どこへ行くのかと問い掛けると、申渡くんは「いえ……」と言葉を濁した。
「きみに会いに」
「えっ」
もしかして、気付かない間に携帯に連絡が入っていたのだろうか。慌てて鞄の中に手を突っ込んで携帯を探すけれども、焦りのせいか指先にそれらしきものは一向に引っかからない。
そうでなければ昨日のうちに何か約束をしていたのかも。昨日は頭の中がいっぱいいっぱいで、帰り道に何を話したか半分くらいは覚えていないのだ。何もかもを記憶の彼方へ追いやってしまうようなことを申渡くんが言うから。
「きみの彼氏になれたのだと思ったら何だか会いたくなってしまって」
“彼氏”という言葉にこれ以上ないくらい顔に熱が集まるのが分かった。
昨日の帰り道のことが鮮明に蘇る。名前を呼ばれて何気なく振り向くと『好きです』と告白された。ふたりきりの帰り道で、夕日の燃えるような色が申渡くんの真剣な表情を照らしていた。それに夢みたいな心地で『私も……』と答えたことだけは覚えている。
「事前に連絡を入れようかとも思ったのですが、何と説明したら良いのか分からなくて。突然すみません」
「全然、迷惑とかじゃないから、大丈夫……」
彼氏になると申渡くんは放課後に迎えにきてくれたりするのか。彼女になると申渡くんに『会いたくなった』だなんて言われてしまうのか。ぽっぽっと頬が火照る。携帯を探して鞄に突っ込んだままだった手を抜き出して、握ったり開いたりする。
何もかもが落ち着かなくて視線を落とすと、綾薙の制服のズボンが目に入る。いつも自分の教室で目にする黒いズボンとは違う。視線を少し上にずらせば白いブレザーの裾が見える。
横を通っていく学生は皆私と同じ制服を着ていて、綾薙の制服が珍しいからかちらりと申渡くんの方を一度見てから通り過ぎていく。その前に立っている私は彼らの目にどんな風に映っているのだろう。
「えっと……私も、会いたかったよ……」
申渡くんに比べて、同意の言葉しか出てこない私は彼女らしい言動が全く出来ていない気がする。そもそも昨日のこともまるで夢のようで実感がないのに、彼女らしい行動なんて突然出来るはずがない。それどころか申渡くんの顔を見て喋ることすら出来なくなっていて、以前よりも後退している気がする。
「びっくりしたけど、今日一日ずっと申渡くんのこと考えてたから、会えて嬉しい」
気が付くと申渡くんのことを思い浮かべていて、申渡くんの言葉が何度も耳の奥でやわらかく繰り返されていた。授業も上の空で全く集中出来なかった。抜き打ちで行われた小テストはきっとひどい点数だっただろう。これを言ったら申渡くんに怒られてしまいそうだけれど。
「だから――」
いつまでも俯いているわけにはいかない。意を決して顔を上げると、目の前の申渡くんの頬がまるで私の熱が移ってしまったかのようにぱっと一瞬赤く染まる。
それにつられて私の顔もさらに熱くなって、言おうと思っていたお礼の言葉も全部どこかに吹き飛んでしまった。昨日から全然普通でいられない。
ふうとひとつ息を吐く音のあとに「あの」と少し固い申渡くんの声が聞こえる。意識を目の前に戻すと、申渡くんが一歩分の距離を詰める。
「もし良ければ、これからデートに行きませんか」
放課後デートだ!
飛び上がって喜んでしまいそうなのを抑えて、こくこくと頷く。今まで申渡くんの買い物について行くことはあったけど、申渡くんに“デート”だとはっきり言われると、一緒にふたりで出掛けるのは変わらないのに何だか今までとまるきり違うもののように思える。――本当に何もかも違うものなのかも。
浮かれた気持ちを隠しきれないまま隣に並ぶと、申渡くんが小さく笑う音がした。
2018.07.11