最初のうちはアルベールを怖い人だと思っていた。

彼らの船に乗ることになった私に銃を手渡したのはアルベールだった。それまで銃なんて撃ったこともなければ持ったこともなかった。他の皆は自分たちで守るから問題ないと言ってくれたけれど、アルベールは自分の身は自分で守れなくては困ると、基本的な扱い方を教え、それを私に持たせた。

――けれども、その銃を誰よりも私に使わせないようにしているのがアルベールだった。

「アルベール」

私が名前を呼ぶと、彼は机の上に無造作に広げられた航海図から視線を上げる。その脇には琥珀色の液体が入ったグラスが置かれている。

「もしかして祝宴はもうお開きになったのですか?」

部屋の外からはまだ甲板で酒を飲んで勝利の美酒に酔いしれる男たちの騒ぎ声が聞こえる。今夜の宴がまだまだ終わる気配がないのは彼も分かっているはずだった。

「あなたの姿が見えなかったから」

アルベールはこの船の航海士も兼ねているけれども今航海図を確認する必要はないはずだ。いつもは宴の最後まで飲んでいるし、雑に広げられた地図からも彼がそれを真剣に見ていたようには思えない。普段よりひとつシャツのボタンを開け、くつろいだ様子で座っている。

「あの、今日はありがとう……」

正しくは『今日も』だ。彼はただ敵がそこにいるから倒したというように、そうしていると分からないさり気なさで私を守ってくれている。

いつも『お荷物だと分かっていながらあなたを船に乗せたのは私たちですから』と少し皮肉を込めて言うくせに、今日に限ってじっとこちらを見上げてくるものだから、何だか落ち着かなかった。

ただでさえ気恥ずかしいのに、黙っていられてはどうしたら良いのか分からずに、部屋のあちこちに視線を彷徨わせる。最終的に机の端に置かれたグラスに視線を落ち着かせると、彼がふっと空気を零した。

「もしかして、これが飲みたいのですか?」
「……私がこんな強いお酒飲めないこと知っているくせに」

私が恨みを込めた声で言えば、彼がははと笑う。今日みたいに宴が開かれ、酔った船員に次から次へと酒を勧められる私の手からグラスを取り上げるのもいつも決まってアルベールだった。

「たまには酔ったきみも良いかと思って」

机に頬杖をついて、こちらを見上げるアルベールは珍しく両の口の端を持ち上げて笑っている。――くらりと、本当にグラスの中身を飲み干してしまったかのような感覚がした。

「酔っているのはアルベールの方でしょう?」
「そうかもしれません」

遠くから「おーい」と誰かが私を探している声が聞こえる。休むとも言わずに黙って消えてしまった私を心配してくれたのだろう。その声に答えなければと思うのに、目の前の彼から視線を逸らせなかった。

私の右手首をアルベールがゆるく握る。

「ほら、面倒くさいのに捕まる前に早く部屋に戻った方がいい」

部屋の灯りが波に揺れる。こんな風に掴まれてはどこへも行けないに決まっているのに。

2018.05.07