こんなお洒落なお店は初めて来た。
薄暗い照明に、キャンドルの灯りが揺らめいている。聞き慣れたはずのクリスマスソングも落ち着いた大人っぽいアレンジのものが流されていて、人々はまるで内緒話でもするように静かにお喋りを楽しんでいた。
私たちと同じ高校生くらいの女の子もいるにはいるが、皆大学生くらいの年上の男の子に連れられてきているようだった。――申渡くんは落ち着いているから、もしかしたら周りからは大学生くらいに見えているかもしれないけれども。
その空間の中で私ひとりだけが不釣り合いであるように思えた。料理もおいしかったのだけれどあまり味わえなかった。
「良いクリスマスを」
お店を出るとき、店員さんに言われた言葉に私はぎこちなく頷くことしか出来なかった。
申渡くんにエスコートされ、腕を絡めて歩くのも落ち着かない。近付きすぎていないかとか、足を引っ掛けて転んでしまわないかとか、周りからは私たちがどんな風に見えているのだろうかとか、余計なことばかりが頭の中を駆け巡る。
もうすぐ駅前だというところで不意に申渡くんが足を止めた。
「すみません、行き先を変えても良いですか?」
そう言って申渡くんがこちらへ視線を下げる。いつもよりよく見える彼の瞳に思わず目を逸らして「大丈夫」とだけ答える。やっぱりこの距離は落ち着かない。
いつも申渡くんはやさしいけれども、今日は輪を掛けてお姫様扱いだった。さっきも私にとってはびっくりしてしまうほど“クリスマスデートらしい”お店だったし、きっと次に行くのも夜景のすごいところとかそういう場所だと思っていたのに――
「公園?」
そこは何度か来たことのある、たまに申渡くんも自主練で使っている公園だった。知っている場所だったことにこっそり安堵の息を吐く。
手を引かれるままに足を踏み入れる。この辺りの人々はきっと家で家族とクリスマスを楽しんでいるのだろう。人通りはほとんどなく、いつもは日中子どもの遊ぶ声の聞こえるこの公園も、今夜はしんと静かだった。
「少し座りましょう」
彼の言葉に促されてベンチに腰掛ける。きっと何かあるのだろうなと思っていたのに、私の隣に座った申渡くんは何も言わないままだった。不思議に思って彼の顔を見ると、そこには困ったように眉を下げた申渡くんの表情があった。
「実は人から助言をもらって今日のデートコースを考えたのですが、少し背伸びしすぎたようです」
「そんなこと……」
「ずっと緊張していたでしょう?」
否定は出来ない。私が緊張していたことはきっと誰の目から見ても明らかだっただろう。
去年はチーム柊の皆と一緒に集まってクリスマスパーティーをしたのを思い出す。あの頃はまだ申渡くんと付き合っていなかったし、付き合えるとも思っていなかった。たった一年前のはずなのに随分と昔のことのように思えた。
「特別な日らしくロマンチックな場所が良いかと思ったのですが、やりすぎてしまいましたね」
そう言って申渡くんが苦笑する。彼の吐く息が白い。きっと私の吐く息もそうだったのだろう。彼が手を伸ばして私のマフラーを整える。隙間がなくなってさっきよりも幾分かあたたかくなった。
「あなたを喜ばせたかったのですが、どういうクリスマスが良いのかふたりで考えれば良かった」
すぐに「今日嬉しかったよ!」と言ったのだけれど、申渡くんは曖昧に笑って「ありがとうございます」と答えただけだった。嬉しかったのは本心なのに。申渡くんが私のことを考えてくれたことが何よりも嬉しい。今だって私のことを思って、当初の予定とは違うこの慣れた公園に連れてきてくれたことに勝手に喜んでいる。それに、何よりも今は――
「お洒落なお店でドキドキしたけど、でも多分今の方がドキドキしてる……」
それを告げると、申渡くんの手が私の肩に触れる。心臓が大きく鳴りすぎていて、少し触れられただけでもそれが分かってしまうんじゃないかと思えた。はらりと、視界の端で白いものが空から舞うように落ちてくる。
しんと静かな公園のベンチで向かい合っていると、まるで世界中に申渡くんと私のふたりきりになったかのようだった。
2017.12.25