机に置いたスマホが小さく震えたかと思うと通知に出ていたのは栄吾からのメッセージだった。しかも、私を呼び出す内容の。
いますぐ行くという返事を打ち込み、出来る限り急いだつもりだったのだけれど、栄吾はすでにその場所で待っていた。彼の前で止まると、「はぁ」と弾んだ息がひとつ落ちる。
「栄吾? どうしたの? 結婚式が終わったらすぐに学校戻るんじゃなかったの?」
質問を畳み掛けたところにひゅうと冷たい風が吹いて思わず身を縮ませる。慌てすぎて上着を羽織ってくることを忘れてしまっていたことに今さら気が付いた。
彼が今日辰己家の親類の結婚式のために急遽実家に帰ってくることは知っていた。でもあまりにも急な話であるため今回はふたりで会う時間を作れそうにないと聞いていたのだ。会えないのは残念だけれども用事のために帰ってくるのだから仕方ないと思っていたし、それよりも『また近いうちにデートに誘います』という文面の、“デート”という部分に私は浮かれて喜んでいたくらいだった。
「栄吾?」
ただ立ったまま答えない彼を不審に思って顔を覗き込もうとした瞬間、右手を掴まれ強く引かれる。
「わっ」
栄吾らしくない行動に驚いてバランスを保てなくなった体がそのまま前へ傾くと、彼がそれをすんなりと受け止める。背中に回された彼の右手に心臓がどきりと鳴る。ぶつかったことを謝って離れようとしたのだけれど、ごめんという言葉の最初の一音を発する前にぎゅうと彼の胸元へ抱え込まれてしまった。
「」
やっと口を開いたと思えば、呼んだのは私の名前ただひとつで。いつもなら律儀に挨拶から始まって急に呼び出した理由やら何やらを説明してくれるところだと思うのだけれど、それっきりまた栄吾は黙ったまま話し出す気配がなかった。
せめて顔を見ようと身を動かしたが、それすらも咎めるようにさらに強く抱きしめられてしまう。顔を埋める彼の髪が首筋に当たってくすぐったい。
「……どうしてもきみに会いたくなって」
しばらく抱きしめられていると、不意にぽつりと栄吾が言葉を落とした。それと同時に背中に触れる手にほんの少し力が込められる。
栄吾が自分の決めたことをこんな風に覆すのは珍しい。しかも理由が私に会いたかったからだなんて余計に信じられない気持ちだった。
「ねえ、結婚式はどうだった?」
「小さな教会での式だったのですが、新郎も新婦もとてもしあわせそうでした」
返ってきたのは至って普通の答えだった。昼間何かあったのかと思ったのだけれど、特別そういうわけでもないらしい。とくんとくんと規則正しく鳴る彼の心音が伝わってくる。
「そうしたら不意にきみの顔が思い浮かんだんです。時間がないのは分かっていたのですが今日会いたくて、居ても立っても居られなくなってしまって、それで……」
そのあとの言葉は続かずに、代わりに今度は彼の手のひらが私の後頭部に回される。普段の彼と比べるとまるで説明になっていなかったけれども、何となく彼の言いたいことは分かったような気がした。
「いけませんね、こんなことでは」
そう言って栄吾が離れる。やっと見えた彼の表情はいつもより幾分かぎこちない微笑みだった。
栄吾は良くないことだと思っているようだけれど、私は会えて嬉しいし、きっと栄吾のことだからきちんと計算して学校へ戻る時間に間に合うと判断したからこうしてやってきたのだろう。悪いことなんて何ひとつないのに。
「栄吾」
先ほど彼がそうしたように名前を呼んで、彼の首に腕を回す。驚いた様子で私の名前を呼ぶ栄吾の声が聞こえたけれど、それには答えずにぎゅうぎゅうと彼に抱きついた。このじわりじわりと胸の奥から滲み出てくるあたたかい何かが、彼の感じたそれと同じものだといい。
2017.10.24