両想いのつもりでいたのはどうやら私だけだったらしい。

「てっきり王子様の方とくっつくと思ったんだけどなあ」
「えっ」

映画を観終わって、最初にぽつりと出た感想に隣に座っていた申渡くんが珍しく驚いた声を上げる。いつもは私の話に同意して深く頷いてくれるか、もしくは申渡くんの意見を聞かせてくれるのだけれど。

彼の予想外の反応に私まで驚いて、浮かせかけた腰が空中で停止してしまった。そんなにおかしな感想を述べたつもりはなかったのに。立ち上がる前に私と同じように動作が停止してしまった申渡くんが私を見上げている。

「いえ、あの映画は幼馴染の方とくっつく典型的な展開だと思ったものですから」

少しだけ言いづらそうに申渡くんが言う。その言葉に今度は私が「えっ」と声を上げる番だった。

今日デートとしてふたりで見た映画は少女漫画を原作としたベタな恋愛映画だった。主人公と、その幼馴染のサッカーが得意で男女ともに人気があるけれども主人公に対しては中々素直になれない男の子と、学園の生徒の憧れでクールな雰囲気だが主人公に対してはやさしく色んなことをアドバイスしてくれる王子様的存在の男の子の三角関係を描いたものだ。原作の漫画の方もかなりの人気らしいが私は読んだことがなかった。しかし、主人公は憧れの王子様のやさしさにドキドキして惹かれているようだったし、王子様も主人公を特別気に掛けて特別やさしいのできっと両思いだと信じていたのだ。

「ちゃんと幼馴染とくっついてくれて良かったー。分かっててもドキドキしちゃった」
「そうかぁ? 最初から分かりきってただろ」

後方の席から階段を下りながらカップルがそんなことを言いながら通り過ぎていく。 彼女たち以外にもぞろぞろと出口へ向かっていく観客たちは「王道だったねー」などと話しているのだ。他の観客が口々に言い合う感想を耳で拾う限り、私と同じように言っている人は誰もいない。そのことにさらに驚いて私はまた椅子にぽすりと逆戻りしてしまった。

「うそ」
「きみがこんな風に大きくストーリーを読み違えるなんて珍しい。どこかでミスリードするような場面があったのでしょうか」

映画の途中で寝てたりはしていないし、ちゃんと真面目にというより若干のめり込み気味に見ていたくらいだというのに。申渡くんと一緒にこれまでに恋愛ものも含め色んな映画を観てきたし、少女漫画も友達と貸し借りして読むのでセオリーは知っているはずなのに、なぜ。

「それとも俳優の演技が……」

口元に手をやって真剣に考え始めた申渡くんがそう言いかけた瞬間、ピンと引っかかるものがあった。――見覚えがある。先ほどまで私が熱心に見ていたものに似ているのだ。

それに気が付くと、急激に顔に熱が集まるのが分かった。

「違うからもう忘れて」
「いえ、もう一度ストーリーを頭から順に追って考えてみた方が」
「本当そういうのじゃないから」

俯き気味に視線をやって真剣に考えている申渡くんはまだ気付いていない。こっそりと両手で扇いで冷まそうとしてみたけれども、効果があるのかないのかよく分からない。

「もしかして、原因に心当たりがあるのですか? 一体どこで」

そう言って顔を上げた申渡くんにこの赤い頬を見られてしまっただろう。彼からしてみれば私が突然恥ずかしがっているだなんて思いもよらないことだろうし、理解出来ないだろう。申渡くんは一瞬目を丸くさせたあと、口を閉じてじっとこちらを見つめる。“心当たり”があるのだと気付いただろうし、きっと私の答えを待っているのだ。

正直誤魔化して逃げてしまいたかったけれど、申渡くんの方が通路側に座っているのでそれも叶わない。嘘を吐こうにも申渡くんが納得するような理由を咄嗟にでっち上げることも出来ない。もう私には逃げ道がどこにもなかった。

「王子様っぽい男の子の方が申渡くんっぽかったから……」

言っていてまた顔が一段と熱くなったのが分かった。

完全に無意識だった。自分が絶対に幼馴染より王子様の方が好みだったから主人公も王子様が好きで、王子様を選ぶに違いないと思い込んでいたなんて、恥ずかしすぎる。脚本にミスリードがとか俳優の演技がとかそういうレベルの話ですらなかった。若干どころでなくどっぷり映画に浸かってしまっているではないか。

しかもそれが申渡くんに起因しているなんて私は一体どれだけ申渡くんのことを好いているのか。もちろん彼氏なのだから申渡くんのことを好きで当たり前なのだけれど、こうして意識していないところで出てくるとその大きさに自分でもびっくりする。私の気持ちばかりがアンバランスに大きくて、まるで四六時中申渡くんのことを考えていて、頭の中が申渡くんでいっぱいであるかのようだ。多分それはあながち間違っていないのだろうけれど。

そんな私の答えを聞いて申渡くんは笑うでもなく、いつもと変わらない表情でこちらを見ているものだからさらに居た堪れない気持ちになる。いっそ笑ってくれたなら良かった。ストーリーを読み間違えるにしたってこんなお粗末な理由があるだろうか。

映画を観たり本を読んだりしたあとに作品を分析してきちんとした感想を持っている申渡くんと同じレベルで話が出来るようにと努力しているつもりだったのだけれど、これでは――

「私も同じくらいのことが好きですよ」

顔を上げると立ち上がった申渡くんがまっすぐにこちらを見つめている。突然の言葉に瞬きを繰り返すと彼がふっと表情をゆるめて目を伏せる。

「そろそろきみが『自分ばかりが好きだ』などと考え始めるころだと思ったので」

見透かされている。

「好きです」
「知ってるよ……」

私の一方通行でないことは私が一番よく知っている。申渡くんはこうして言葉でも、言葉以外でもちゃんと伝えてくれる。

自分でもびっくりするくらい突然出てくる私の大きすぎる気持ちを引くわけでもなく、笑うわけでもなく。私の不安を取り除くように彼から紡がれる言葉はじわじわと私の中に浸透していく。彼は私が何を考えているかもお見通しだし、私の気持ちもきっときちんと受け取ってくれているのだろう。

「ほ、ほら! そろそろ出ないと! 私たちが最後だよ!」
「そうですね」

照れ隠しのように急かせば、申渡くんが私の手を掬い上げて引く。

私に映画のような幼馴染なんていないけれど、やはり選ぶなら王子様の方がいいなぁと思う。そしてそれ以上に、私は自分で自覚しているよりもまだもっとずっと、この手を引いてくれる彼のことを想っている。

2017.07.25