窓際の、直接陽の当たらないところで床に座って私は雑誌を、申渡くんは文庫本を読んで過ごしていた。ゆっくりと過ごす晴れの日の午後は心地が良い。

私がぱらりと雑誌のページを捲るのと同じタイミングで隣できちんと座って読書していたはずの申渡くんが不意にころんと転がって私の膝の上に頭を乗せた。

「申渡くん……?」

ずっと同じ姿勢で読書していたから体勢を変えたのだろうかと思ったのだけれど転がった申渡くんは文庫本に栞を挟んで床に置いていた。それならば読書して疲れてしまったのだろうか。向こう側を向いている彼の顔をこっそり覗き込むと、本当に目を閉じていたものだから驚いてしまった。

「申渡くん眠いの?」

そう尋ねてみたけれども返事はなかった。まさか転がって一瞬で寝てしまうなんて彼のイメージから想像出来なかったのだけれど、起きていれば返事があるはずだとも思う。何も言わず寝転んでしまったあたり、本当に眠気が限界だったのかもしれない。彼の頭の乗る膝がむずむずとして落ち着かなかった。

さらりと流れるその髪に、触れたいと思ってしまった。

私は申渡くんの彼女なのだからそれくらいの権利はあるのではと思うのだけれど、この珍しい状況にそれを躊躇ってしまう。

「本当に寝ちゃったの?」

駄目押しでもう一度声を掛けてみる。それでも申渡くんは身じろぎひとつしないので、つい魔が差して右手をくしゃりとその髪に乗せてしまった。頭の形をなぞるように動かせば彼の髪がさらりと指の間を通る。

いつもは上の方にあってこんな風に自由に触れることのない彼の髪に指を通すのは何だか少しだけそわそわと落ち着かない心地がした。

そもそも床にころりと転がったりだとか、人の膝に頭を乗せたりだとか、そんなことをするだなんて思ってもみなかった。いつもきちんとしている申渡くんのこんな一面を見られるのはもしかしたら私だけに許されていることのように思えて、ざわざわと胸のあたりが落ち着かない感覚がする。私はそれをさらに彼の頭を撫でることで誤魔化した。

「ふふ」

不意に笑い声が聞こえたかと思うと、膝の上の申渡くんの肩が小さく揺れた。これはもしかして、もしかしなくても――

「申渡くん起きてるじゃん!」
「眠ろうと思ったのですが、きみが頭を撫でるものだから」

ころりと仰向けになってこちらを向いた彼の瞳はぱっちりと開いている。寝ていると思っていたのに全部全部ばれていたのだ。そのことに対する恥ずかしさと、私のせいで眠れなかったのだのだというほんの少しの申し訳なさが胸を過ぎる。先ほどは驚いて大きな声を上げてしまったけれど、申渡くんがこんなことをするなんて滅多にないからそれにはきっと何か理由があったに違いないのに。やっぱり何もせずに枕として黙って膝を貸しておけば良かったのだ。

「ごめん、やっぱり起こした?」
「いえ、あまりの心地良さに眠るのがもったいないと感じてしまって」

そう言って申渡くんがすりと頭を寄せる。彼らしくない猫のような仕草にまたどきりと心臓が鳴る。



彼の私の名前を呼ぶ声がいつもより甘く聞こえる。心のやわらかい部分をそっと羽根で撫でられるような心地がして、私はとっさに応えることが出来なかった。

「続きはないのですか?」

あまりにも恥ずかしかったので『もうないよ』と言いたかったのだけれど、私の空いている左の手を握って彼があまりにもやわらかく目を細めるものだから、私はぐっと返答に詰まってしまった。

私の左手を握る申渡くんの手のひらが熱い。やはり彼が眠いというのは本当だったのかもしれない。

しばらく彼はきゅうきゅうと私の手を握ったり、指の腹で手の甲を撫でたりしていたのだけれど、最後には彼の両の手で私の左手は捕らわれてしまった。

「申渡くんが眠るまで、ね」

結局私がそう答えると、彼はまた「ふふ」と小さく笑いを零した。「はい」という素直な返事とともに彼の瞼が閉じられる。それに合わせて私は彼の前髪を撫でつけた。

寝たふりをやめた申渡くんはたまに身じろぎをするし、握られて彼の顔の前まで持っていかれてしまった左手も相まって先ほどよりもずっと落ち着かなかった。

それでも彼の髪の心地良い感触と、規則正しいリズムで手を動かしていると何だかこちらまで眠くなってくるような心地がした。窓から差し込む午後のひかりが眩しい。

2017.07.14